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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2594年(1934年)

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米国の良心

皇紀2594年(1934年) 10月15日 アメリカ合衆国


 アメリカ合衆国においてソヴィエト連邦バルティック艦隊来航は歓迎されているとは必ずしも言えなかった。


 資本家たちにとっては政権中央とソ連との距離が近いのが危険視され、また投資家たちからも敬遠され株価は低調な推移を続けていたのだ。これはルーズベルト政権の社会主義的傾向が強い政策が資本家や投資家にとって魅力的ではなく、また国家の意向によって事業が左右されることへの警戒感があったからだ。


 共和党などは資本家たちの無言な抵抗感の受け皿として議会において政府法案を審議拒否または審議不十分と抵抗を示していたが、数の論理によって押し込まれていた。


 これは法曹司法界であっても同様だった。中道傾向、もしくは保守傾向の判事たちは違憲立法審査で次々と違憲判断を下していたが、これに対して政権側は政権寄りの判事やリベラル志向の判事に置き換え人事を行っていった。


 こういった経緯で議会、司法、立法、行政がルーズベルト政権によってことごとく掌握されたことで独裁的な体制が実現しつつあった。


 この状態が異常であると前大統領ハーバート・フーヴァーは全米を遊説して回っていたが、その言説は尤もであるが世界恐慌を克服出来なかったという実績的な面から彼の言葉に耳を傾ける者は少なく、彼は失意の内に全米遊説を終えることになる。


「アメリカは一体どこへゆくのか」


 フーヴァーは元部下にして現職の陸軍長官であるヘンリー・スティムソンへ私信を送るが、その返事はにべもないものだった。


「私はあなたに指導力を発揮すべきだと常々言ってきたが、それを為さなかった結果だ」


 決別の言葉にフーヴァーは肩を落とす。元側近でさえ彼を否定するのだから合衆国市民が見向きをしないと改めて突きつけられたのだ。


 確かにニューディール政策により雇用はいくらか改善された、また公共事業の連続で財政支出が増大して消費を刺激してはいた。それはほんの少しの実感であった。しかし、それは政府が右向け右、左向け左と指図を出して合衆国市民が振り回されているだけというのが実態だとフーヴァーは見抜いていた。


「民間の力は無限大だ。循環することで大きな富を生む。だが、政府によって生み出された偽りの景気はいずれそれが幻だと気付く日が来る……聡明な君ならそれを知っているはずだ」


 スティムソンへ宛てられた私信への返事はなかった。落胆するフーヴァーだが、彼も大統領を担った人物だ、次の手を打つ。政界が駄目なら実業界である。彼が目指すのはデトロイトに本拠を置くフォード・モータースだ。


 生産高に比例して賃金も上昇する生産性インデックス賃金という仕組みを取り入れ労働者の士気を昂揚させ購買力も上昇させるフォーディズムを標榜しているヘンリー・フォードこそがフーヴァーの会見の相手である。


 フォードは戦争を大いなる浪費と捉えており戦争反対の立場だった。欧州大戦以前からいわゆる戦争成金へ批判的態度をとっており国際的な事業展開と制限なき国家間通商が戦争の進展を阻み繁栄を生み出せると信じていたのだ。


ルーズベルト()が合衆国市民を戦争へ引き摺り込むための社会実験をニューディール政策という形でやっているに過ぎない……ルーズベルト()の日頃の言動と血統を考えればどのような野望をあの黒い腹の内に抱えているか聡い人間には百も承知のことだろう」


 フォードはニューディール政策が開始されるとすぐに社内外でそう言って回った。彼同様に大恐慌時代を経験した他の実業家たちはそこまで口にすることはなかった彼の主張に同意をしていた。他の実業家たちの本音はフォードと違い、「巻き込まれるのは御免被るが、利益が出るなら他国が戦争をするのは結構なことだ」であったが。


 本音は兎も角、フォード同様にルーズベルト政権を信頼しない実業家たちは連絡を取り合って次期政権の擁立へ裏工作を行っていたのだ。


 フーヴァーは彼らと接触しようと考えたのであった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] フーヴァーらの懸念が戦後になって赤狩りという形で証明できたことはアメリカにとっての不幸中の幸いではあったと思います。あまりにも遅すぎました気がしますが。 [一言] 大魔王は海軍愛好家…
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