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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2594年(1934年)

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情報収集

皇紀2594年(1934年) 9月15日 帝都東京 有坂邸


「あのデコハゲめ、やってくれたな」


 有坂総一郎は関東憲兵隊の東條英機中将からの連絡にうめき声とも呪詛とも表現しづらい声を上げる。総一郎の右手には電報が握りつぶされ、額には青筋が立っている。


 張家口という内蒙古への進撃ルートを抑えられたことは関東軍、支那派遣軍、支那駐屯軍にとって頭の痛い出来事であった。そして東條と岡村寧次少将の立案しているゲリラ殲滅作戦にも影響を与え、殲滅出来てもいたちごっこになりそうな予感が漂っていた。


「まさか、この局面で登板してくるとは思わなかった……。一番嫌な時期を狙って動いたな……こうなると山西省一帯は赤化していると考えないといけないな」


 諜報活動を怠っていたわけではなかったが、史実と異なり、長江流域からは実質的に撤退し、その勢力圏を満州及び北支に整理した結果、中支の情報が極度に不足していたことは否めなかった。


 武漢の赤化政府がアメリカの支援を受けた蒋介石の南京国民政府に圧迫されていることを帝国政府、帝国陸軍、有坂コンツェルンは把握出来ていたが、毛沢東らはいつの間にか武漢を脱出し長征が発生していたようだ。


 史実における長征は江西省などの拠点から大陸中を放浪し陝西省へたどり着くそれであったが、この世界では武漢など長江中流域に根を張っていた中華ソヴィエト政府が長江を遡って討伐を始めた国民党軍に耐えかねたのだろう。逃走経路は長江支流の漢水を遡り、襄陽を経て秦嶺山脈を越えて西安に入ったのであろう。


 武漢に引き籠もっているよりも黄土高原を越えて無人の地が広がる内蒙古ゴビ砂漠を経由してソヴィエト連邦やモンゴル人民共和国と往来が出来る陝西省へ長征という名の逃走を図ったのはそれほど悪い手ではない。赤化勢力として一体化を図るという点でも陝西省・内蒙古・山西省に勢力を伸ばすのは道理が通る戦略であると地図を開けばすぐに分かることだ。


「だが、奴は何を考えている」


 明確なソ連との断交を明言しているわけではないが、内蒙古地域の住民にソ連への敵対心を煽り、同時に徳王ら親日勢力への不服従をも煽っている。これはソ連側の視点では裏切りでしかない。


「史実ベースで考えると奴は間違いなく50~70年代同様中ソ対立へ舵を切っている。今の時点では悪手でしかないのになぜ……」


 答えは出ない。


「支那情勢は複雑怪奇……ってね……流石に平沼さんみたいに総辞職するわけにはいかんが、なんとなくあの時の気分は分かった気がする」


 自嘲気味にそう呟く総一郎だが、流石にこの事態は何か大きな陰謀が裏に隠れているように思えてならなかった。


 こういう時、頭を切り替えて考える必要がある。総一郎は自分自身の思考が切り替えることが出来ていないことから、別の人間に思考させるのが適当だと結論づけると適任な人物を呼ぶことにした。


「あぁ、私だ。うむ。済まないが、急ぎでアルテミスを屋敷に呼んでくれないか、そうか、出ているのか、じゃあ仕方ない。帰社したら市ヶ谷本邸に向かうように伝えてくれ。あと、支那事業部には支那の勢力図や各軍閥の友好勢力・友好企業をまとめた資料を作るように伝えてくれ。これも出来次第市ヶ谷本邸へ持ってきて欲しい。とりあえずは概要だけでも知りたいから速報を優先、詳細は明日以降で構わない。これはボーナス対象と伝えて発破をかけておいてくれ」


 新橋の有坂コンツェルン本社へと電話を掛けるが、目的の人物は丁度そこにはおらず当てが外れた格好になる。だが、待っている間にも情報収集は必要である。


「あの人苦手なんだが、頼るしかないか……」


 苦手意識もそうだが、本質的には政敵であるはずの人物に頼らざるを得ないことに逡巡するが、仕方がない。情報不足が今回の毛沢東の登板に繋がっただけに自分たちとは別の情報源を有する相手と話をせざるを得ない。再度電話を手にし、掛けた先は……。


「陸軍大臣、荒木閣下はいらっしゃるかな? 私は有坂コンツェルンの有坂総一郎。火急の用件にて少しで構わないから時間をいただきたいと伝えてくれないか」


 交換手に少し待たされると意外にも荒木貞夫大将はすぐに電話に出てくれた。


「おおう、有坂、貴様から電話とは珍しいのぅ。それで、なんじゃ? 儂もこう見えて忙しいのでな」


 髭を撫でながら電話に出ている姿が総一郎にはありありと想像が出来た。


「荒木閣下、支那赤化分子が内蒙古で決起したとのこと……」


 続けようとしたが荒木のまとっている空気が電話越しでも変わったことが察せられ言葉に詰まる。


「貴様、耳が早いな。大方、東條か岡村からじゃろうが、貴様が欲しいのは参謀本部が握っている支那情勢の情報じゃな?」


 参謀本部第二部支那課、ここには支那方面の情報が収集蓄積されている。陸軍が独自に諜報活動や情勢分析をした資料がそこには眠っており、分析されつつも見落としや重要視されなかったものも含まれている。


「閣下のご推察の通りです……軍機ではありますが……」


「当然じゃ、そんなもの陸軍御用達である有坂重工業の総帥であっても見せてやれるわけがなかろう」


「しかし……」


「貴様の忠君愛国のそれはよーくわかっておる。だが、見せられぬ。そもそも、仮に儂が許可しても参謀本部が許可せぬし、お門違いというモノじゃ」


 荒木の言うことは尤もであった。統帥権の壁がそこにある。同じ陸軍軍人であるが、参謀本部は陸軍省から独立して統帥部に属している存在だ。陸軍大臣の要請だからと言って、従う理由はないのだ。


「だが、まぁ、貴様が必要としている情報がそこにあるであろうことは容易に想像出来ておる。まぁ、開示は出来ぬがな……ところで、有坂よ、貴様、今夜は時間があるか? うむ。退庁後に貴様の屋敷へ寄る。例のブツを用意して待っておるが良い。儂はアレが好きでの、たまに無性に欲しくなるのじゃ、良いな」


 一方的にそう言うと荒木は電話を切ってしまう。


「……寄るも何もアンタの官邸、陸軍省のすぐ裏じゃん」


 途方に暮れた総一郎はそう突っ込むことが精一杯だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 毛沢東の長征に有坂の旦那もおっこり さて、このタイミングで独自路線を取り始めた中国共産党勢力に対し、日本陣営はどう動くのやら…
2021/06/12 08:51 退会済み
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