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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2594年(1934年)

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進行する策謀

皇紀2594年(1934年) 9月10日 満州総督府領 関東州 大連


 岡村寧次少将は奉天駅から特別急行「あじあ」に乗車、その日のうちに大連へ着くことが出来た。「あじあ」を逃すと大連行きの列車はその殆どが寝台夜行普通列車ばかりで、翌朝になってから大連に着く。それもあって宴会場として接収した奉天ヤマトホテルをさっさと辞去したのである。


 1715に奉天を出ると1820に鞍山、大石橋に1910、後はノンストップで2205に大連に着く。「あじあ」はそう言った意味ではとても有効な時間に運行されていると言える。だが、重要都市間の移動に5時間も掛かるということだ。


 確かに岡村ほどの将官にもなれば航空機による移動も可能であるが、飛行場への行き来、飛行時間と考えるとそれでも大連-奉天の往来には3時間程度は掛かるのだ。


 いくら満鉄最新鋭の特別急行であるとは言えど、常に時速130km運転というわけにはいかない。表定速度に直せば82km程度になるのだ。それでも相当に速いのではあるが、これが現在改定を検討している最高速度160km運転になっても30分程度の削減で表定速度88~90kmが精一杯と言ったところである。


 では、急行列車を増やせばと言うところであるが、これもまた難しいのだ。旅客列車のダイヤだけ見れば割と余裕があるように見えるが、それ以外にも貨物列車は引っ切りになしに走っている。そして、他にも保線の時間なども必要となる。特に保線が満鉄においてはとても重要である。


 奉天、撫順、鞍山など鉱山・工業都市を多く抱えるだけあって、超重量貨物列車がひっきりなしに走る満鉄は軌道破壊もそれ相応の進行になるのだ。よって、夜間の集中保線時間はとても大事になる。よって、夜間の移動は現代の感覚で考えるとあり得ないほど不自由なのである。


 とは言っても、腐っても関東軍の将官である岡村がそんなに不便なそれであるかと言えばそうでもない。基本的に移動は一等個室であり、給仕もあるのだ。快適でないはずがない。特に満鉄と関東軍は関係が深いため各種便宜を図ってくれることも忘れてはいけない。


 そんな彼が大連に着くと流石に5時間もの間列車に揺られているだけあってそれなりに疲労感もある。大連駅すぐの大連ヤマトホテルにいったん落ち着くとシャワーを浴びてホテルのラウンジに足を向けた。そこには彼が会うべき人物がいるはずなのだ。


「おぅ、東條待たせたな……いや、中将閣下とお呼びすべきかな」


 会うべき相手を見つけると岡村は挨拶代わりに戯けてみせる。


「岡村さん、止して下さい。肩書きは確かに私の方が上になっておりますが、あなたは先輩なのですから、それに来年には岡村さんも中将閣下ではありませんか」


 関東大震災による一件で特別昇進していることで東條と岡村の関係は逆転していた。だが、岡村は永田鉄山少将や小畑敏四郎少将らと疎遠になっている東條との付き合いを絶やさずにいたのだ。それに対して東條もまた感謝していて、陸軍中央にいるときは何かと便宜を図っていたのだ。


「まぁ、冗談は兎も角、イタリアの連中には景気づけに貴様から頂戴した実弾(ワイン)をありったけ撃ち込んでやった。あれで士気も上がっている」


 奉天ヤマトホテルでイタリア将兵に振る舞われたワインの出所は東條であった。だが、これは東條個人の所有物ではなく、有坂物産の大連支社に保管されていたものを用立てたに過ぎない。無論、事後承諾によって有坂コンツェルン本社から補填されることになるのだが、東條個人の工作資金と化しているのである。


「イタリア人を動かすには大義だの戦意だのではなく、メシと酒と女です。彼らの望むだけワインやパスタを用意してやるのが尤も効果的でしょう……後日イタリア総領事館にはきっちり請求しますが……」


「そう言うモノか?」


「ええ、あとは出来る限り彼らの故郷のことを煽ってやるべきでしょう。連中はイタリアという国家へ忠誠心や帰属意識はないのですから、生まれ育った故郷にそれは向いていますし、ナポリ人にはナポリの、ヴェネツィア人にはヴェネツィアの……差し入れにも出来る限り気を配るとなお良いでしょうな」


 岡村は東條が言うとおりにメモをとっている。なんとなく東條が言うところは正しそうだと感覚的に理解が出来た。確かにあの場に用意されたワインはイタリアワインではなく、日本国産ワインだった。


「では、出身地別の必要なモノを用立ててくれるか? 連中が仲間割れせんように……」


「ここ大連には有坂物産の巨大倉庫がありますからな、ある程度はご用意出来ましょう。足りない分はイタリア総領事館のケツを叩いて出させましょう。さて、混成部隊を岡村さんが直接指揮を執るとのことで伺っておりますが……」


 東條は打って変わって真面目な表情になり声を落とす。


「あぁ、私が直接執る。貴様の立案通り、イタリア戦車連隊を列車輸送で熱河地方の赤峰へ向かわせる。そしてその情報は既にスパイを通じて漏れ出しているはずだ。恐らく襲撃ポイントは錦古線の金嶺寺付近だろう」


「金嶺寺?」


「あぁ、先日、北栗炭田に襲撃があったのを覚えているだろう。あの残党勢力と周辺馬賊が手を組んだようで錦古線沿線の治安情勢が悪化しておる……北栗には救援列車や復旧列車が送られておるから金嶺寺の操車場で通過待ちの時間が発生するのだ」


「ということは、あぁ、金嶺寺への輸送列車の到着時間も流した。あと、承徳からの現金輸送列車の運行時間も意図的に混ぜてやった。これに食いつかないわけがない」


 岡村は悪い顔をしてウィンクをした。普段の真面目な表情とは違ったそれに東條はやや面食らったが、意図するところを理解すると同じように悪い笑顔を浮かべる。


「現金の代わりに重武装歩兵がそこには詰まっておると言うことですな」


「そうだ。奴らは我らの領民をいたぶったのだ。ここらで大掃除と目に見える懲罰を与えてやらねばなるまい」


 岡村はそう言うと普段の真面目な表情に戻っていた。東條が岡村に示した計画は戦車輸送列車を囮にゲリラや馬賊をおびき寄せるという概要だけだったが、岡村はそこから段取りを付けたのである。また、支那通であることからどこが最適な戦場であるかも考え抜いた上でのものだった。


「イタリア戦車連隊の主力は赤峰に向かった様に見せて、実際は奉天から連京本線で南下、大石橋から営口河北線を通って錦州、山海関を経由して天津へ向かわせる。囮部隊のみ金嶺寺を経由して赤峰へ向かわせることにする」


 岡村の方針は囮部隊はゲリラや馬賊を誘引しつつ存在感を示して赤峰に進出し、内蒙古を窺うことでソ連赤軍や外蒙古軍の目を釘付けにするのだ。少ない数の戦車と言えど、戦車の運用方法は戦線突破用の破城槌という使い方であるならば理屈は通る。そして、この時期においてはその使い方が一般的だ。


「関東軍に配備された九四式軽戦車は?」


「それはイタリア主力と一緒に天津へ向かわせる。輸送中は幌をかけて擬装する。あとは一時的に天津の倉庫街に隠して時機を窺う。そこから先は露助どもとの動き次第だろうな。無論、第三方面軍や支那駐屯軍……いや、近く北支那派遣軍となるんだったか……もその時に動かすことになる」


 岡村の言葉の裏には参謀本部が確実に決戦を志向していることを確信させるにたるものがあった。


「これは長引きそうですな」


 東條はそう呟くと岡村も頷く。あと岡村の仕事だ。東條は岡村が仕事をしやすいように裏方で段取りを付けること、岡村が撃ち漏らした残党を残らず処理するための憲兵隊の運用計画を準備することだった。


「さて、用は済んだ。今夜は付き合ってくれ。連中だけワインを飲んでいるというのも癪だ。ほれ、貴様が有坂から仕入れておるアレがあるだろうそれが飲みたい」


「ええ、構いません。そう言うだろうと思ってお持ちしておりますよ」


 東條はそう言って後ろに隠していた一升瓶を掲げる。岡村はニヤリと笑みを浮かべるのであった。

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