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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2594年(1934年)

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それぞれの思い込み<2>

皇紀2594年(1934年) 9月9日 帝都東京


 極東赤軍来襲より有坂邸は事実上の戦時体制に移行していた。


 有坂コンツェルン総帥にして帝国政府を裏から操る有坂総一郎も極東赤軍を指揮するジューコフが沈黙したままであったことに警戒はしていたが国内政治や企業経営に注力せざるを得なかったことから実質陸軍に丸投げしていたのである。


 総一郎が頭を抱えていた理由はただ一つである。どこをどう間違えたのか皇道派が史実以上に力を持ち今や陸軍最大派閥と成り上がっていたのだ。史実では荒木貞夫陸軍大臣の失脚で連座して真崎甚三郎教育総監も更迭となって皇道派が瓦解を始めた時期にあるはずだからその苦悩のほどが分かるというものだ。


 なんとか皇道派の力を削げないかと画策しているが、陸軍省も参謀本部もがっちり押さえている相手を切り崩すのは容易ではなかった。しかも、荒木は実質的な政敵でありながらも、有坂重工業に度々出入りし、総一郎にも面会を求めるなど扱いに困る始末であった。


「なんでこうなった……東條さんがバーデンバーデンの密約を潰したはずなのに……」


 その当事者である東條英機は関東軍において関東憲兵隊司令官として満州に赴任している。この人事そのものは栄転に違いなかったが、実質的には皇道派によって陸軍中央から遠ざけられたという意味では左遷であったのだ。


「史実では永田鉄山(永田)の子分だったのに、今は政敵同士だもんな……代わりに小畑敏四郎(小畑)と永田がくっついてやがるときたもんだ……これじゃ、裏目に出ているとしか言えんよな。しかも、永田は軍務局長で小畑は参謀本部第一部長……北進論の小畑にとっては今の混乱は絶好の機会だ」


 総一郎は嘆きとも愚痴ともつかないそれをぼやく。ぼやいたところで仕方がないが彼にとっては悪夢でしかないのだからどうしようもない。


「そんな旦那様にもう一つ新情報が入りましてよ、聞きたいかしら?」


 社内では仕事をしないで政局ごっこに現を抜かす総一郎(総帥)のお目付役として絶大な支持を集める才媛こと有坂結奈は澄ました表情でとどめを刺してくる。無論、からかい半分であるが事態の悪化を茶化すことで心理的に和らげ様とする意図と優しさがある。尤も、そんな優しさがあっても総一郎には殆ど効果を有しないことは言うまでもない。


「どうせ、何を聞いても事態の悪化を示すものだろう? でも、聞かないと判断材料にならんから聞きたくなくても聞くしかないけれどね」


 うんざりした様子であるが無理矢理でも前向きに解決の糸口を探す努力を示そうとしている。


「ええ、米帝様が満州を明け渡せと言っているわ。どうするの、これ?」


 結奈の言葉に思わず顔を背けると同時に聞かなければ良かったと総一郎は心底後悔した表情を見せる。だが、それもまた想定された範囲の出来事ではあった。史実でもこの世界でも今だけでなく過去でさえもアメリカ合衆国は満州を明け渡せと要求していた。


 日露戦争で英米の支援の元、金策に成功してなんとか勝利にこぎ着けた日本を待っていたのはアメリカの満州権益の平和的な譲渡要求だった。無論、血を流して手に入れたものを誰が手渡すというのだろうか。当然、これについては拒否し、日露両国は戦後処理において事実上の満州分割を行い、南北で勢力圏を棲み分けることで共存を図ったのである。この日露の満州分割政策は欧州大戦においてロシア革命でロシア帝国が崩壊するまで10年程度続いた。


 しかし、アメリカはそれでも諦めず出遅れた支那分割の分け前を得るために満州に拘ったのだ。何度かの外交協定によっていくつかの譲歩が行われたが、そんなものではアメリカが満足するはずがなかったのだ。


 そしてこの世界でも満州事変が起きた。史実と違うのは張作霖爆殺と同時に電撃侵攻して満州を確保したと言うことである。この世界ではシベリア出兵に成功したことで沿海州近辺には衛星国である正統ロシア帝国が存在することで、ここからの侵攻も行われ、あっという間に大部分の制圧が完了したのだ。取り損ねたのは大興安嶺の外側であるハイラルを中心とする地域のみ。そこはソ連が同様に掠め取っていったのだ。


 満州事変によって結果として張作霖を抹殺され、張学良は万里の長城まで逃げ去ったことは同様であったと言えるだろうが、総一郎らの暗躍によってウィンストン・チャーチルを介して密約が成立、いくつかの権益が譲渡されることで満州併合が黙認されたのである。


 だが、それはアメリカの意にそぐわぬものであり、またアメリカは意図的に外されたことで憤りと反発を表明していたが、国際社会は力がルールである。欧州列強すべてを敵に回しての外交戦など不利でしかなく不満を覚えつつも拳を下げたのだ。それは共和党政権下であればまだ良かった。しかし、時が下り民主党政権が誕生すると事態は一気に悪化の一途をたどるのであった。


 米ソの蜜月が明らかになるにつれ、蒋介石の南京国民政府もまた対米工作を強化し、反日的な世論工作や議会多数派工作が行われるようになったのだ。


「この裏には蒋介石がいるのは間違いないし、そもそもルーズベルト(大魔王)は支那を自分の庭か所有物だと思っている……あと5年引き延ばせると思ったんだがなぁ……」


「引っかき回したのが裏目に出て前倒されただけという結果がこれかしらね」


 結奈の言葉は辛辣であった。しかし、一面をよく表しているだけに否定出来なかった。


「米帝は建艦計画でも陸軍でも戦争出来る能力は今はまだない。戦艦も旧式艦ばかりで16インチ砲の総数だってこちらの方が上だ。14インチ砲を合わせたら流石に負けるけれど、16インチ砲の総数は倍近い差があるんだ。打ち負けるとことはない」


「でも、ウルトラCがあるかも知れないわよ? 九二式重爆だったかしら、航続距離2500kmを要求してその理由が台湾からフィリピンを爆撃出来ることというものだったはずよね?」


「あぁ、そうだよ。早々に陳腐化するのは分かっていたけれど、導入したのは敵を一方的に長距離から叩くことが出来る利点、4発爆撃機によって大量の爆弾をばらまけると言うことを陸軍の航空行政に浸透させる……戦略爆撃ドクトリンを理解させるためだった」


「それって、同じことを相手も考えているから、そしてその目処が立ったってことじゃない?」


 結奈の言葉に総一郎の脳裏に一つの試作爆撃機が浮かんだが、彼はそれを否定した。


「いや、それはない。XB-15(あれ)は発動機性能が追いつかずにお蔵入りになったんだ。だから米帝が戦略爆撃機や重爆撃機に手を出すのはB-17まで時間的猶予があるはず」


「本当にそうかしら……戦艦空母を建造するのは年単位だけれど、航空機は週単位で造れるはずよ? アメリカが本気になったら一定の能力が達成出来れば投入してもおかしくないと思うわ。それに貴方言っていたじゃない? 戦中の航空機開発には必ず保険や競作をしているって……だったら貴方の言うアレって機体の競作機があっても不思議じゃないと思うわ」


 結奈はそう言い終わると総一郎の目が死んでいることに気付く、彼女は自分の言葉が意味する悪夢に気付かされてしまったのであった。


「まさかね・・・・・・そんなわけ・・・・・・」


 彼女は自分の言葉を否定したかったがそれは難しかった。目の前に居る総一郎()の表情は青ざめて肩が震えていたからだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ダグラスXB19かな…。
[一言] おやおや、まさか…B-29が史実よりも早めに登場してくるというフラグでは…
2021/06/06 14:05 退会済み
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