とある提督の出撃前夜
皇紀2594年 9月3日 イタリア領ソマリア モガディシオ
在天津イタリア総領事館から急報が本国へ飛ぶとすぐさま東アフリカはモガディシオに駐留するイタリア海軍東洋艦隊に出動命令が下った。
「ほぅ……本国も面白い任務を与えるではないか」
本国からの電文を受け取り目を通したイニーゴ・カンピオーニ上級少将は目を細めるとそう呟く。彼は予定されているアビシニア侵攻を前に東洋艦隊へ着任したばかりであったが、それまで乗艦してきたコンテ・ディ・カブールやアンドレア・ドリアとは違った異国情緒が感じられる乗艦を気に入りかけていた矢先にこの任務を仰せつかったことで愛着が増しそうだと感じずにいられなかった。
彼の乗艦はシチリア、すぐ隣に停泊するサルデーニャと同型艦であり、以前の名を伊勢型という。建造枠交換協定という軍縮条約を事実上ぶっ壊したそれによって得た新型艦である。
「中古艦だと思っていたが、この艦は非常に良い造りだ。職人が良い仕事をしている」
彼は新たなる相棒である旗艦シチリアに密かに期待をしていた。他の提督が日本製の中古艦というだけで忌避し、本国海域から追い出してアフリカくんだりに配属されたこの2隻が思っていた以上に良いフネであり、場合によっては本国の改装された艦よりも良いかもしれないと思い始めていたのだ。
「しかし、因果なものだな。嫁入りしたばかりだと言うのにふるさとにこうも早く出戻りすることになるとはな?」
カンピオーニはそう言うと艦橋にいた幕僚たちもまた笑いながら頷くのである。彼らもまた妙な愛着みたいなものを感じていたのかも知れない。
「とは言っても、離婚しての出戻りではなく、我が家の庭先を荒らすならず者を退治しにいくのだ。参謀長、便乗者の歩兵どもはどれくらいで準備が出来るのだ? 銀行強盗崩れはいつまでも待ってはくれんぞ」
「はぁ、何分、突然のことで陸軍の連中も混乱しておりまして……」
「小銃と弾薬程度で構わん。それ以上の積み込みなど不要だ。さっさと積み込め、足りなければ日本から買えば良い……あぁ、そうだ、日本から船積みして輸送中の新型戦車があるだろう、あれを天津に向かわせよ。上には直接掛け合う、あぁ、オレがケツも持つから構わん」
カンピオーニはそう言うと艦橋を離れた。彼は彼でやることがいくつかあった。艦橋で檄を飛ばすことは誰にでも出来るが、彼にしか出来ないことは他にある。
彼は副官さえ伴わず艦内各所を練り歩いた。その日一日かけてくまなく……。将兵一人一人に声をかけていくのである。
「この艦が、我が艦隊が華々しい活躍を、歴史に残るかはひとえに諸君の頑張りに掛かっている。今日は酒保を開けておくから好きな者を注文せよ、無論、オレからの奢りだ。野郎ども、気合いを入れていけ!」




