ドゥーチェ
皇紀2594年 8月 イタリア王国 ローマ
日伊関係は史実に比べると遙かに緊密になっているこの世界であるが、伊勢型戦艦の譲渡やバルカン戦役での協調は思いのほかイタリアという国家に大きな影響を与えていた。
バルカン戦役での歩兵の自転車装備による機動化は安価でありながらも大きな効果を生むことから戦車開発・配備を一時中断して優先的に行われた。2年間の陸軍予算の見直しによってすべての歩兵師団が機動歩兵師団へと改編されたのである。
また、北イタリアにおける一部路線の高速鉄道線建設が進んだことで物流が格段に強化されていたこともあり、北イタリアにおける経済成長が急激な伸びを示しだしたのであった。
このことから「アルバ(日の出)政策」と称する大日本帝国における列島改造論や弾丸列車構想などを随時採り入れる公共事業に邁進していったのである。
「日本語には日の出の勢いと言う言葉があるそうだが、まさに貴国の政策はそれに相応しいものがある。我が国でもベネツィア-ミラノ-ジェノバが高速鉄道で結ばれたことで物流が大きく変わった。そのおかげで税収も大きく伸びておる」
統領ことベニート・ムッソリーニは上機嫌で杉村陽太郎大使に自慢と謝意を伝えていた。そこには一切の世辞はなく、純粋に自国の発展を喜び、そしてその教師役となった日本への敬意があった。
「閣下と御国の国民が勤勉であったが故でしょう。我が帝国はそれにちょっとした助力をしただけです……なに、ハムとワインとチーズの返礼であります」
「そうかそうか……それで大使、今日は何用であるかな。東京に戦車の話であれば前向きに返事をするように指示を出しておるが」
「はい、前向きなお返事を頂くことが出来、本国に変わって御礼を申し上げます。そして、一つお願いがございまして……これは貴国にとっても利益がある話……というより、我々からのお節介の部類になるのですが……三菱の応援人員を受け入れて頂きたいのです」
杉村の要望にムッソリーニは詳しく聞くまでもないという風に頷いた。
「大使、貴国と我が国の仲ではないか、もったいぶる必要などない。貴国のお節介というのは相手の立場に立って利益を提供することが多い。それを断ることの方が我らにとって不利益になる……そうではないか?」
「そう仰って頂けるなら幸いです。我が帝国での正式採用前であるため、運用状態によっては想定外の故障などが起きる可能性があります故……特に我が帝国とその影響圏には砂漠やサバンナはありません。貴国はそれらを有しております故、その様な地でもお使いになるでしょう。しかし、それらで問題が起きた場合の対応はやはり、その場でないと解決出来ないことが多くありましょう……故にそれらにおいて応援人員が役に立つと……」
「ほう、なるほどな……貴国は我らがアビシニアで使うと考えておるわけだな?」
「いえ、けしてその様なことは……砂漠は本国近くのリビアにありますし、フェザーンなどのまつろわぬ民も抱えておいででしょう。我々とは想定戦場が違うと言うことを申し上げただけで……」
杉村は慌てることなくムッソリーニに応えるが、ムッソリーニの表情は厳しいままであった。
「まぁ、良い。確かに国民感情にアビシニア侵攻を行うべしという論調があることは隠しようがない。私とて本音を言えば、屈辱を晴らすことを願っておる……だが、時期ではない……」
「と言いますと?」
「軽々しく戦争などするモノではないのだ」
「仰るとおりです。誰も戦争など望んでは……」
杉村の言葉を遮るようにムッソリーニは右手で制する。
「違う。そうではない。十分に準備をして勝てる戦争であれば、それは……それをやらねばならんのもまた国家指導者ではないか?」
ムッソリーニの言葉は重くまた真理であるが故に杉村は押し黙ってしまった。
「そして貴国もまた同じではないのか? 貴国のそれは明らかに国家発展の枠を超えておる……だからこそ、我々に近づいておるのではないのかね?」
「……」
「まぁ、そこは頷くことは出来ぬであろうさ。それを期待しておるわけでも非難しておるわけでもない。むしろ、貴国は正しくあるべきことを為しておるだけだ……であればわかるであろう?」
「閣下の意志は理解致しました……それまでは自重を……」
「するなとは言わぬのだな?」
杉村は黙って一礼をする。ムッソリーニも用が済んだとばかりに右手を挙げて退室を促すのであった。




