艦政本部<1>
皇紀2594年 5月 帝都東京
九四式三十七粍機銃が採用された段階で旧称の五四口径武式三七粍機関砲時代を含めてブレダ機銃は各タイプが生産されていた。
ブレダ純正の水冷単装、水冷連装が欧州派遣艦隊に参加した各艦に搭載されていたが、船便で送られて改造された水冷4連装、艦政本部と技術研究所が空冷化した試製機銃、拡大試作された空冷単装、空冷連装、空冷4連装、制式化された九四式三十七粍機銃各タイプ。
支那方面艦隊には純正、試作された各タイプが出揃った時点で優先的に搭載する様に軍令部から要望が出され、拡大試作の名目で実質的な量産が始まったのは33年のことであるが、これは沿岸域からの小型高速艇の襲撃に備える目的である。欧州派遣艦隊のバルカン戦役での戦訓を活かした形での先行配備であるが、これは後に大いに役立つこととなるのであった。
量産化が始まると、艦政本部と技術研究所は舞鶴工廠を巻き込んで一つのプロジェクトを立ち上げていた。
「今はフネを区画ごとにバラバラに建造して合体させることで工期短縮を図ることも多くなった。これは非常に効率が良い建造方法だ。だが、これの良いところは、大量に同じモノをでっち上げることが可能であると言うことだ」
艦政本部長である中村良三中将に就任挨拶において一つの訓示を行った。
「軍艦というものは戦時に大量に必要になるが、平時は最低限で十分だ。そんなことは言わずもがなという顔だな? だが、よく考え給え諸君。戦時に大量に必要なときにどうやれば数が揃う?」
「造船所に工員を動員または24時間態勢での……」
「まぁ、そうだな。後は伊吹を建造した際に金に糸目をつけないで半年で建造したアレのようにやるか……だが、同じモノを大量にでっち上げるなら軍艦にブロック工法を持ち込んだとしてもいけない道理はない。まして、用途別の軍艦をそれぞれに設計建造するくらいなら、同じ船体に違う武装を載せるように工夫した方が断然効率が良い……そう思わんかね?」
中村は前任者のように技術屋ではなく、どちらかと言えば大砲屋の将官であった。よって、本来は書類を決裁したりする程度で直接口を出すような立場ではなかった。
だが、彼の後ろには平賀譲造船中将の影がちらついていた。
「我が帝国海軍が今整備すべき急務は駆逐艦であるのは諸君も知っての通りだ。だが、その仕様は現時点においても明確化出来ていない。それは艦隊型駆逐艦というものが否定されたわけではないが、少なくとも戦訓によって必ずしも適切な兵器でないと明らかになったからだ」
「本部長の仰る通り、最高傑作と考えていた特型駆逐艦は艦隊決戦にこそ本領を発揮するもので、沿岸域戦闘の可能性を考慮すると必ずしも適切ではなく、むしろ雷装が邪魔でさえあると考えられております」
若い技官が中村の言葉を継ぐとそれに首肯し続ける。
「そうだ。高速で接近する魚雷艇の制圧に手を焼いたと戦闘詳報にはある。そこで、例のブレダ機関砲を積んで対処したら十分な成果を上げたというではないか。よって、今後支那方面においても同様に沿岸域での戦闘が十分に予見出来る以上、砲艦にも同様の装備を求められるだろう。しかし、手間をかけて砲艦を建造しても、他水域に投入することは出来ん。であれば、水雷艇と同じ船体で装備を任務ごとに積み替えてはどうだろうか? 雷装を撤去し、領事館施設を設置するという感じだな」
中村が言わんとしているところは情勢不安が続く支那方面における従来の河用砲艦が活躍しており、勢多型4隻、熱海型2隻、伏見型2隻が就役しているが、何れも武装は最低限のものであり、地上からの攻撃などがあった場合抵抗むなしく撃沈される可能性が高く、交戦能力を高め、尚且つ量産性が有り他水域への転用が可能なものを必要としているということであった。
「よって、我々は駆逐艦建造への技術的蓄積を含めてブロック工法とモジュール構造の砲艦を設計建造せよと命じられている。この建造計画を請け負うのは昨今、造船業界で急成長している川南工業であり、連中の香焼島にある主力工場だ。連中は軍艦建造は今まで請け負ったことがないが、船舶建造において工期短縮と量産には他社が追随出来ない強みがある……貴官らも気を引き締めて対応せよ……特に舞鶴工廠から出向してきた者は連中から盗める技術は盗むように」
中村は訓示を終えると用は済んだとばかりにさっさと本部長室へ引き上げていった。彼には会うべき人物がいたからだ。彼が艦政本部長に就任したのはメッセンジャー役として最適であり、難局を乗り切る適材だと知っていたからである。その差し金が出来るのはただ一人である。




