帝国政策投資銀行
皇紀2594年 4月 帝都東京
松永安左衛門が苦悩していた頃、有坂総一郎は「帝国政策投資銀行」構想を有坂邸謀議の参加メンバーに開陳していた。
「我が帝国は今や空前絶後の列島大改造の渦中にありますのはご列席各位も承知のことと思いますが……政府はカネを出し渋り、銀行は条件の良いところにのみ融資を行っております。これは帝国の発展を考える上に非常に困ることであります」
席上でぶち上げる彼に注目が集まるが財界人たちは揃って「いつものことではないか」という表情になる。列席の財界人にとって日常の出来事なのだ。
「そんなつまらない顔をしないで頂きたいものですね。少なくとも皆さん方に悪いモノではないと思いますよ?」
そう言う総一郎に東條英機中将は一同を代表して苦言を呈する。
「有坂よ、そうは言うが妙案があるなら誰かがやっておるだろう。それに銀行側だって貸して欲しいという企業はいくらでもあるわけで無限にカネを出せるわけではない。そんなこと財界人の貴様はよく分かっておることではないのか?」
「まぁ、そうですね。しかし、政府出資の開発投資銀行を作ったとすればどうでしょうか?」
「開発投資銀行? 投資銀行というのは証券会社のことだろう?」
堤康次郎は怪訝そうな表情で口を挟む。総一郎は首を横に振りつつ言葉を続ける。
「いえ、事業を行う上で公平な立場で中長期融資を行う、そしてアセット・ファイナンス……不動産からの返済・配当を担保とする融資を行う、シンジケート・ローン……主幹銀行がシンジケートという銀行団を結成して同一条件で協調して融資を行うと言ったことをするのですよ。これの最大の利点は政府が出資していることの信用があること、借り手も必要な融資を無理のない範囲で受けることが出来ることです」
「なるほど、ということは、今回の狙いはシンジケート・ローンだな?」
堤は理解が早かった。
現時点における内地の投融資における問題は貸し手の立場が上になることで条件に合致しなければ貸してもらえないという点だ。借り手がいくらでもいることで条件を釣り上げることが出来るからだ。そして、他の銀行で提示された条件よりも良い条件で貸す理由もないということが問題だったのだ。また大蔵省も資金供給を絞る方針を出していることもあって公的資金に頼ることも出来なかったのだ。
「特定銀行単体だと貸してくれなくても、銀行団になれば一つあたりの銀行の負担は減る。貸し手にとって貸しやすくなるし、借り手にしてみれば銀行ごとに条件が違うという面倒がない……しかも政府保証なら……これは考えたな」
「日本勧業銀行や日本興業銀行、北海道拓殖銀行など政策投資銀行は確かに既に存在しているのですが、それらだけでなく政策上必要な投融資を行うのには必ずしも適切ではないですから」
日本勧業銀行は農林水産業、日本興業銀行は重化学工業へと特化していたこと、北海道拓殖銀行は北海道内での特権的立場にあったことが逆に投融資に適さない場合があるのだ。特に松永のやりたいことはこれらがカバーしきれない部分であったのだ。
「現状、外国資本はその豊富な資金を我が帝国に投下しつつあるのですが、多くの経営者そして霞ヶ関のお役人方はそれを望んでいないのです。そういう意味でも、外資の影響力を排した形での投資銀行も必要でしょうね」
「だが、政府出資となれば原資がいるだろう? それはどこから調達するのだ?」
立憲大政会所属議員であり若手であるが一大派閥を築きつつある中島知久平は現実的な点を指摘する。大蔵省のカネがないというそれを解決しなくては話にならないと言わんばかりの表情だ。
「先頃成立した日本製鐵ですよ。政府持ち分を売却して大手銀行や証券会社に引き受けさせるのです。買い手にとって悪い話じゃない。巨額の配当金を得ることが出来るのに出資しない馬鹿はいないでしょう」
この後、東條-有坂枢軸に属する大蔵官僚の賀屋興宣は省内の自分の派閥に働きかけることで「帝国政策投資銀行法」を練り上げて帝国議会へ提出させることになる。




