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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2594年(1934年)

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電力問題<1>

皇紀2594年(1934年) 4月 帝都東京


 ニューヨーク発の世界恐慌の傷は未だに癒えず欧米を中心にその影響は残っていたが、大日本帝国は未曾有の好景気に沸いていた。景気の良さはそのまま強い円へとつながり、為替相場は円高基調で推移していた。


 帝国政府も円高誘導を推進するとともに日露戦争以来の戦時債権を前倒しで償還することで対外債務の圧縮にも務めていたこともあり、特に対英債務の繰り上げ償還によって大英帝国には資金が還流していたのであった。


 しかし、資金が戻ってきても大英帝国の経済状態はそれほど好ましい状態でもなく、投資家や銀行家は再投資先に困っていた。彼らにとって軍需産業は安定した投資先ではあったが、十分な軍事力を保持している上に建艦競争が本格的に始まっている状況でもなく、経済の低迷で輸出を含む物流全体が冷え込んでいることで民間船舶の需要も多くないため造船業界に投資するのも躊躇われていたのだ。 それはまた、アメリカ合衆国における投資家、銀行家たちも同様であった。


 彼らは再投資先を必要としていたが、自国の経済はそれほど多くの資金を必要としておらず、むしろ供給過剰なままであり、産業再編と生産調整を行っている最中だった。


 自然、彼らの目は極東の不景気と縁遠い奇天烈な国に向かう。


 大日本帝国の大蔵省は景気加熱を懸念していたこともあり緩やかな安定した景気の維持を狙い公共事業費の圧縮を始めていた。海軍省から建艦計画の予算について現在の財政でどれだけの規模で支出出来るかという問い合わせがあったことが公共事業費の圧縮を一層進める事情でもあった。


 鉄道省の様な独立採算で事業計画を実行出来るわけではない農林省などは農村の近代化に予算を振り分けて欲しいと要望を出すが頑として大蔵省はそれを受け入れなかった。それは省庁間の力関係がそのまま結果に結びついていたのだ。


 だが、商工省を悩ます問題が現実味を帯びてきていた。省庁間の力関係では対等に近い商工省の要求を大蔵省は無視することは出来なかったが、統計からこれ以上の公共事業投資はインフレだけでなくバブル景気を招く可能性が考えられていただけに簡単に頷くことは出来なかった。


 しかし、商工省も引き下がるわけにはいかなかった。国策として巨額の事業費を注ぎ込んででも取り組まなければ明日にも問題が顕在化することは火を見るより明らかであった。


「電力問題は避けて通れない。川崎や木更津などに電力会社が火力発電所が増設して日々電力の安定供給に努めているが、関東大震災以来、電化は急激に進んでいる。特に中京地区、阪神地区、北九州地区の工業地帯は帝都近郊に次いで需要が増えている。各地で火力発電所の増設は進んでいるが、どれも小手先のモノばかりだ」


 商工省の官僚たちは大蔵省庁舎に乗り込んで連日交渉をしているが、大蔵省の官僚たちは頷くことはない。


 資料に目を通しつつ大蔵官僚は尋ねる。


「仰ることは分かりますよ。ですが、その建設費はこういってはアレですが、机上の見積もりで1億4000万円、実際は3割程度上乗せすることを見込んで2億円程度は必要でしょう。それに補償費などを含んだ場合、ダム本体の分と含んで周辺整備に3億円程度は見積もらないといけない。これは海軍が秘密裏に目論んでいる戦艦建造予算とほぼ一致するのですよ」


「海軍の戦艦を買って帝国臣民には暗闇で過ごせというのか、それが大蔵省の本音なのか!」


「そんなこと言ってないではないか!」


 商工官僚の喧嘩腰のそれに大蔵官僚も同様に応じる。数字のプロの誇りである彼らにとって商工官僚のそれは侮辱に等しかった。


「こっちは国民の負担を減らすために減税だってしているんだ。国民負担が減ればそれだけ消費を刺激する。結果、モノが売れて企業が儲かる。そうすれば税収も結果として増える……今は国から仕事を与える必要はない。電力会社が負担して事業を拡大すれば良いではないですか、それを指導するのが商工省(あんた方)の仕事でしょう!」


「それにあんた方は日頃『統制、統制』と言って歩いているんだ。お得意の統制で電力業界を統制して言うこと聞かせたら良いだろう」


 口々に大蔵官僚は不満と怒りをぶつける。


「それが出来れば商工省(こっち)だって苦労しない。電力統制会社の検討も当然している。だが、電力業界は他の業界以上に抵抗が激しい。むこうもこっちに要求を日々出してきている」


「だったら、規制を緩めて新規事業者の参入を認めたり、外資の受け入れをしたら良いではないですか?」


「だから、外資なんかに口を出されたら自動車産業みたいに我々の出る幕がなくなるじゃないか! 何のために自動車産業の保護と育成に力を注いでいると思っているんだ!」


 彼らの意見はことごとくぶつかり合うだけで妥協点が見つからなかった。商工省は外資を追い出して自国産業の育成強化を望み、大蔵省は税収を増やすこととインフレ押さえ込みがしたい……それぞれの望む方向性は一致しない。


「今の商工省の言い分では出せても調査費まで……それ以上は電力業界と話をしてから改めてお越し頂くほか提案出来る要素はありませんな」


 大蔵省側から会議の打ち切りが宣告される。皆妥協点の見いだせない会議で何かの成果など期待出来ないことから仕方なく出席者たちは皆揃って席を立つ。だが、調査費をもぎ取れた商工省はそこから何らかの成果を出すことを大蔵省に義務づけられたと言っても間違いではないだろう。


「勘違いしてもらいたくないのだが、商工省の提案と電力会社側の要求は精査させて頂く。これが完成した場合、途方もない電力を賄えるだけでなく、治水と水資源の安定供給に繋がる。これは国益であると言っても良い……それは認めていると言うことだ」

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