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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2594年(1934年)

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詐欺と疑獄と煽動

皇紀2594年(1934年) 2月 フランス共和国 パリ


 華の都巴里(パリ)はこの年もまた騒乱と暴動から始まり、アルベール・ルブラン大統領の下に内閣が樹立されては倒れるという混乱の最中にあった。


 ポール・ドゥメールが暗殺され後継大統領となり始まったルブラン体制であったが、大統領としての手腕を発揮するにはほど遠い状況であり、自身を輔弼する内閣は政局を乗り切ることすらままならなかった。


 この2月には前内閣の一大疑獄事件であるスタヴィスキー事件に端を発する暴動の収拾に失敗して僅か10日でエドゥアール・ダラディエの内閣が引責辞任することになった。


 このスタヴィスキー事件はウクライナ出身のユダヤ人セルジュ・アレクサンドル・スタヴィスキーが31年に設立した信用金庫が5億フランにも呼ぶ巨額の債券を発行したことに始まる。彼は自身が設立した信用組合に巨額の債権の担保として装飾品や宝石類を供していたことで、この債券発行はスムーズに行われたのであった。


 それから2年、この信用金庫が資金繰りに行き詰まったことで倒産し清算されることとなったのであった。債権の担保として預けられていた宝石類はすぐに鑑定されて資産評価に加えられたのだが、これがいけなかった。


「バイヨンヌ市立信用金庫、管財人が驚愕したその実態!」


「バイヨンヌ市立信用金庫の闇を追う! 本紙、関係者に突撃取材」


 最初は地方紙の三面記事扱いだった出所すら怪しい噂レベルだった財務状態が調べられていく内に真実味と呆れた実態が暴かれていったのである。スタヴィスキーが預けていた宝石類の4割が模造品、2割が価値が低いモノ、なんと残りの4割は盗品であったことが判明したのである。


「金庫に眠る宝石類、光り輝くそれはガラクタの山であった!」


「盗品の多くは転売されて行方不明」


 地方紙の続報は一面記事扱いになり、全国紙に取り上げられるまでに至る。この間1ヶ月。スタヴィスキーは事態を把握すると札束と有価証券を持てるだけ自動車に積み込むと国境を越えてスペインに逃げ込んだのであった。


 この時、彼が使った旅行免状がさらにいけなかった。


「創設者スタヴィスキー氏、スペインに逃亡」


「旅行免状は警視総監が用意したモノであった」


「一部の政治家がスタヴィスキーに便宜を図り長期間の保釈が許可されている」


 報道はここに至り一大疑獄、巨悪を見つけたとばかりに書き立て、記者たちをスタヴィスキーと関係のあった政治家や官僚へと張り付け真実を暴こうと躍起になっていたのである。


 警視総監ジャン・シアップはこのことで進退伺いを提出することになり、また、植民大臣アルベール・ダリミエが償還不能なこの公債を公然と推奨していた事実が暴露された。


「スタヴィスキー疑獄、さらに深まる疑惑」


「植民大臣、引責辞任するも幕引きにならず……首相自身にも飛び火」


 内閣全体どころか右派左派関係なく献金の類いからプレゼントに至るまでマスコミは徹底して暴き立て、国民感情は政治不信、内閣批判に大きく盛り上がったのだ。


 パリ市内でも暴動や略奪が相次ぎ、戒厳令が発せられたが、今度は取り締まる側の警官や軍隊がストライキやデモ隊に参加するという有様であり、事件当時のショータン内閣はスタヴィスキーに責任を負いかぶせるべく捜査を強行しスペインに圧力を掛けることでスペイン領内に警察を送り込み彼の潜伏先を急襲させたのであった。


 だが、捜査の手が潜伏先に伸びていることを察した彼はスペインから再び国内に潜入し、スイス国境に近いシャモニーにある自身の別荘に身を隠していたのだった。しかし、近隣住人の密告で警察に居場所を知られてしまったのである。


 密告の翌日、警察はスタヴィスキーが別荘にいることを確認するため物乞いに扮して接触し彼が在宅しているを確認した後、夕方に包囲して別荘に突入したのだった。だが、その時には彼は既に事切れていた。拳銃を握り頭部を撃ち抜いて倒れていたのだ。


「スタヴィスキーは逃げ切れないと察し自ら命を絶った」


 警察は公式に声明を出し幕引きを図ったのだが……。


「スタヴィスキー氏、逃亡先にて拳銃自殺? 深まる疑念」


「疑われる死の真相、彼の死は本当に自殺か?」


 マスコミの追求はそれでもやむことなく、疑惑を紙面に飾ることを控えなかった。無論、それは死に体である内閣へのさらに鞭打つ所業であったが、社会正義を掲げる彼らは権力者を引きずり下ろすことの快感の心地良さに酔いしれていたのだ。


 結果、政局にまで発展、国粋主義勢力は左派勢力を攻撃する材料に使い、疑惑のある右派政治家については口をつぐんだが左派への批判を激しくしていった。


 世論に負けたショータン内閣は総辞職し、ダラディエ内閣が樹立されることになったが、ダラディエの政権運営もまずかったのだ。左派に屈して警視総監シアップを罷免したことで右派の怒りを買い不信任決議に発展し、否決となったものの暴動による被害の大きさから引責辞任することになったのだ。だが、今度は左派の反撃ターンだった。


 ダラディエ内閣が僅か10日で崩壊した後、前大統領ガストン・ドゥメルグが首相経験者を重厚に配置する挙国一致内閣を組閣したが社会党と共産党が連帯して反政府運動を過激化させていったのである。


「巴里は華の都と形容されるが、今やそこら中に彼岸花が咲き誇っている」


 駐在武官から帝都東京の陸軍省に送られた電報がその惨状を物語っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] うっわ、フランスがすごい事になってる…これ本当に史実で起きたの…(ドン引き
2021/03/27 10:32 退会済み
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