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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2593年(1933年)

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風雲渦巻く箱根会議<4>

皇紀2593年(1933年) 12月29日 神奈川県 箱根


「この数字は真のモノですか」


 大蔵省を代表するといえる賀屋興宣は仏頂面のまま東條英機中将へと問い掛ける。賀屋に同調するかのように商工省の岸信介もまた俄に信じがたいと言った表情で東條に視線を向ける。


 官僚たちが懸念を示すのは尤もであった。彼らが疑問視したのがライセンス料の項目であった。


「東條さん、これは困る。非常に困る。工場設備のそれが示されていて事業を行うのに不足はない。むしろ、これを基準に今すぐでも東條-有坂枢軸(我々の同志)が交渉を始めれば纏まる可能性は高い……だが、肝心のライセンス料が不明じゃ大財閥である三菱だって受けてくれない」


 東條がカミソリと称されるのに対して、賀屋は風貌に似ず短刀と言うべきそれだ。話し合い、議論して、お互いの主張の溝を埋めるようとするが、筋が通らないことを相手が主張すればそれを論破する。そして軽蔑の上で突き放すというスタイルである。


 ある意味では東條と似ているのかも知れない。


「賀屋さんの仰ることは尤もであろう。確かにこれでは事業をするに当たっては不足であろう。だが、これならばどうだろうか?」


 東條はさらに資料を提示する。


「先の資料はベルギウス法に関してのものでガソリン年産6万3500トンのケースで1730万ライヒスマルクとあるのは見て頂いた通りである。邦貨で言えば2400万円程度になるだろうか。だが、これの資料は気相水添方式についてあるのだが、逆にこれはライセンス料しか提示がない」


「確かにトンあたりで単純化しての話にして考えると1万5000トン規模で200万ライヒスマルク、1万トンごとに75万ライヒスマルク。6万5000トン規模として換算すると575万ライヒスマルクだ……しかし設備についてはない……」


「その通り、これはあくまで断片資料でしかないが、少なくともそれから類推して予算枠を考えることは可能だ。なお、ハーバーボッシュプラントは邦貨400万円相当でライセンス料と設備購入が可能である。これは有坂コンツェルンが確認しておるし、諸君らも九州で稼働している帝国窒素は鈴木商店系列から有坂コンツェルンに譲渡されて以後、ハーバーボッシュプラントの増設で帝国に大きく貢献していることは周知の通りだ……おかげで我が陸軍は火薬の調達量を倍増どころか数倍にも引き上げることが出来ている」


 東條は断片資料の弱さを認めつつも既存施設の購入分と実績によってその弱さを相殺しつつも導入の必要性とそれによってもたらされる投資利益を提示したのであった。


 これらの金額については史実にIGファルベン社と日本企業との間での交渉の過程によって提示されたものであっただけに信頼出来る数字だ。そして有坂コンツェルンはドイツ系企業への出資という経緯で正確な数字ではなくてもドイツ国内企業同士における契約額などをある程度把握していたこともあって確信を得ていた。


「しかし、東條さん、この人造石油はいくらなんでも高すぎて話になりませんよ。もっと流通出来る価格になるようなものでないととてもじゃないが競争力が……」


 岸は難色を示した。流通などを管轄する商工省としては”高過ぎる”ガソリン価格に困惑の表情を浮かべるしかなかった。また、その原料が重油であり、また石炭であることから、産業界が必要とする原料調達に影響を与えることを資料の中から読み取っていた。


「特に、これは海軍が黙ってはいないと思いますがね。海軍が肩入れしているのは三井財閥のフィッシャー・トロプシュ法で、ベルギウス法や気相水添方式ではない。海軍が横槍を入れてきたら厄介ですぞ。そのあたりはどうお考えか?」


 岸の懸念は重油と石炭の配分で海軍と大揉めになりそうだと感じていたからであった。


「海軍問題は確かに岸さんの仰る通りだが、なに、そこは出光さんなどが上手く切り抜けるだろう。なにせ、石油のことは海賊に任せておく方が上手く纏まるさ。満州油田を事実上仕切っているのは有坂と出光と満鉄の三大企業だ。これらを敵に回すことは重油を手放すようなもんだからね」


「そうは言いますが、日本石油など大手は海軍と手を結びかねませんぞ」


「そこは君らのお得意の重要産業統制法とやらで取り仕切ってもらわんと。価格調整についてもそこで上手い具合に合成ガソリンの高騰分を重油や軽油に転嫁して民間に出回る分の枷にならないようにするのも石油統制の一環であろう?」


 東條は出光佐三と有坂総一郎と話し合って石油統制について逆手にとって活用しようと考えたのであった。合成ガソリンはどう足掻いても外油のガソリン(アメリカ産ガソリン)に価格的にもオクタン価的にも勝てない時点で工夫してやりくりするしかなかった。


 満州油田では重油が採れるがガソリン分が殆どない以上、国内での重油はだぶついて安価である代わりにガソリンは比して高値止まりだ。外油もそのあたりを理解していることもあってガソリンは足下を見た価格設定をしてきている。


 尤も、現状でガソリンをがぶ飲みしているのは鉄道省や流通業者、陸軍くらいなもので民間が使っているオート三輪などは燃費が良いこともあってそこまでの負担や足枷にはなっていない。


 だが、今後、成長させる自動車産業の進展によって、この均衡が崩れることは明白であった。それどころか、時流は航空機の発動機をガソリン式へ向かわせていた。航空機の発展が大日本帝国においては数年早まっていることもあって需要の拡大は待ったなしであるのは火を見るより明らかであった。


「賀屋さんが財政を上手く仕切ってくださるのであれば商工省としては石油統制法を盾に上手く業界を操りますが……」


「それは今後のIG側との交渉の推移次第で補助金を付けることは出来るでしょう……が、まずは我々が納得出来る数字を提示することですかな。ここに居並ぶ方々だけではありませんが、誰も彼も大蔵省(我々)を無限に出費可能な財布と勘違いしている。出来ぬことは出来ぬ。出来る話を持ち込んでほしいものですな」


 実務担当の二人の官僚はそう言うと東條へ場を委ねた。彼らは体裁が整えば、御国に尽くすのに異存はないのである。


「我々は今後、満鉄と三菱財閥に働きかける方向でベルギウス法と気相水添方式の導入へと道筋をつける。そのお膳立てには有坂コンツェルンが果たす役割は大きい……無論、大蔵省と商工省には財政による補助を付けてもらうように法案提出を前提に策を練ってもらいたい」

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