ビキン攻略戦<3>
皇紀2583年8月25日 ビキン
空も白み始め、夜明けまでわずかとなった午前4時半。臨時編制された独立混成歩兵砲大隊がシベリア鉄道鉄橋手前2kmの地点に展開した。第8旅団長荒木貞夫少将の命によって彼ら特別編制部隊が開幕砲撃を行う手筈となっているのである。
彼らに下された命令は『鉄橋を攻撃し、敵を誘引する』ことである。
彼らの装備である十一年式曲射歩兵砲の射程は1500m。鉄橋まではとても届かないが、鉄橋付近の築堤に着弾すれば軌道破壊程度は可能であり、鉄橋そのものを破壊する必要はなく、敵に鉄橋そのものへの攻撃だと誤認させ、ビキン前面の塹壕から敵を引きずり出すことが本作戦の目的だ。
そのため、歩兵砲2個中隊に配備されている十一年式曲射歩兵砲16門を使い派手に攻撃を行い、本気で鉄橋を崩落させるつもりで攻撃していると錯覚させる必要があった。
シベリア鉄道の鉄橋は上下線で合わせて2本ある。しかし、レソビリノエには折り返し設備はないため、列車の前後に機関車を連結したプッシュプル運転を行っている。これにより、上下線を単線2本として運用している。
このため、仮に敵の誘因に失敗したとしてもレソビリノエへの敵の輸送列車は運行は半減させることが出来、まったく無駄となることはない作戦であった。
「報告します! 15砲中の配置完了、いつでも撃てます、16砲中はあと5分で配置完了の見込みであります」
「御苦労! 指示を待て!」
報告に来た下士官は敬礼をして下がった。
臨時大隊長白川礼三中佐は大きな仕事を前に武者震いを感じた。
「いよいよだな……」
「16砲中、準備完了……いつでもいけます!」
別の下士官が報告をする。
「よし、では、派手に撃つとしよう。ありったけぶっ放せ! 出し惜しみはなしだ! 敵が来るまでに全弾撃ち尽くせ!」
「はっ!」
白川が指示を下すと同時に東の空から太陽の光が差してきた……夜明けである。
「長い一日になりそうだな……」
「撃てぇぇ!」
指揮官の指示に遅れること数秒、一斉に発射音が轟く。
「だんちゃーく……今!」
激しい爆音が伝わってくる。
鉄橋前面の築堤付近に黒煙と土埃が立つ。
すると遠くからロシア語の騒がしい声が聞こえてくる。どうやら風上である敵の塹壕の方から聞こえてくるものである様だ。
「次弾装填!」
「用意! 撃てぇ!」
再び一斉に発射音が響く。白川の部下たちは指示を待つことなく次弾装填を始める。
「以後、装填出来次第指示を待たず各々で射撃せよ!」
白川は指示を出すとともに副官を呼び寄せた。
「そろそろ恐慌状態から立ち直った敵も動き出す……いつでも逃げ出せるように手が空いている者に用意させろ……捨てられる物は捨ててしまえ。だが、砲は捨てるなよ……我らに弾がなくても本陣に戻ればいくらかは補充出来るからな」
「はっ、早速用意させます」
「よし、いけ!」
この間も十一年式曲射歩兵砲16門の射撃は続く。斉射だったものがだんだんとずれてきて着弾間隔も出来てきた。熟練者とそうでない者の違いといったところだが時間差で着弾すること自体に現状では問題はない。
「16砲中、全弾撃ち尽くしました!」
「15砲中、任務完了!」、
各部隊の報告が入る。
「野郎ども! ずらかるぞ!」
白川は思わず地が出てしまった。
「おぅ!」
戦場でハイになっているらしく兵たちの返事もどこかおかしかった。
白川礼三中佐……架空の人物です。




