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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2593年(1933年)

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交通新時代<3>

皇紀2593年(1933年) 7月1日 大日本帝国交通情勢


 史実でも太平洋航路は日本にとって生命線とも言える重要な航路であり、それはこの世界であっても変わらない。


 だが、この世界ではアメリカは史実以上に保護貿易の傾向が強まり、輸出はするけれど輸入をしないという姿勢を鮮明にしていたこともあり、太平洋航路も往路は空荷状態に近いもので海運は低迷期にあった。だからと言って航路を止めることは国益に反するため命令航路として死守されていたのである。


 代わりにアメリカへの輸出を諦め、パナマ運河経由での欧州航路に転用することで往路は欧州向け荷物を載せることで採算ラインに持っていく努力を海運各社はしていた。その甲斐もあって、日欧間の商取引は活発化していたのである。


 特に陸軍省は八七式自動小銃への転換を進めるために三八式歩兵銃の在庫を一掃しようと昭和通商(泰平組合を改組)を通じてハンガリーへ輸出を進めていたのである。


 また、ハンガリー陸軍は機動戦力としての自転車の有用性を認めたことから歩兵部隊の自転車化を一気に進めることを目論んでいた。これは日本国内の自転車製造業にとって大きなビジネスチャンスとなっていたのである。


 昭和通商はこういった自転車製造業者を合併させて一定規模にした上でプレス機械を買い付けて配備させたのである。これによって自転車の量産性を高め、国内流通分と輸出分を両立させる様にしていたのである。この目論見は見事大当たりし、日本製の量産型自転車は輸送費を含めても欧州で生産されたモノよりも安価に供給されるようになったのである。


 そのため、欧州全体にとっても自転車の需要が急増し、パナマ経由のニューヨーク航路を延長運転させて欧州に運び込むことで太平洋航路の維持が可能になったのである。


 このとき、代表的な海運会社である日本郵船は今までよりも高速かつ輸送力が増大したN型貨物船を就航させ、太平洋航路に投入したのである。これはライバルである大阪商船が先行して投入した畿内丸型貨物船への対抗という意味合いを持っていたが、自社のT型貨物船の陳腐化が進行していたこともあって史実よりも1年以上早く建造投入されたのである。


 欧州大戦時に量産されたT型貨物船は日本海運本体だけでなく中小海運会社も含めれば二八隻にも及ぶ大所帯であったが、その多くは今や日本郵船から離れて中小海運会社に在籍して、日満航路や日本海航路、南洋航路で活躍している。


 日本郵船は旧式化陳腐化した船舶を新型船に置き換えてより輸送力、競争力を強化したいと考えていたこともあり、比較的船齢が新しいT型貨物船を売却することで廃船したという扱いにして、スクラップアンドビルド方式の造船振興政策である船舶改善助成施設を利用することにしたのだ。


 この造船振興政策である船舶改善助成施設は、造船需要の喚起と余剰船腹の圧縮、旧式商船更新に大きな成果を挙げたが、それは統帥権干犯問題の後に海軍大臣に就任した大角岑生が主導し、総理大臣加藤高明が詫びを入れた形で認めた巡洋艦建造予算を活用する形で始めた政策であった。


 これによって造船景気が発生し、三菱重工業、川崎重工業、三井造船などの大手は既存施設の改修と拡充を行い、新参の川南工業、今治造船、播磨造船所、東京石川島造船所、函館船渠は拠点地域や別地域に新設造船所を建設し、需要に応えると同時に補助金の助成を受けて企業規模の拡大に努めていたのだ。


 これらの積極的な投資により、大正年間に建造された多くの船舶は心太式に押し出されて海運会社の機材も置き換わることとなるのであった。その最たる例が日本郵船の浅間丸型貨客船やN型貨物船、大阪商船の畿内丸型貨物船である。


 このとき、大角は各社に一つの通達を出していた。


「可能な限り共通の部材を使うこと、電気溶接が可能な部分はこれを用いること、総トン数1万トン以下は速力は20ノット以上、総トン数1万トン以上は速力25ノット以上、総トン数2万5千トン以上の船舶は建造費の8割を国家が助成する、なお、艦政本部が設計を監督する」


 前半は建造費圧縮のためにメリットが多いが、明らかに後半は海運会社としては採算ラインを圧迫する要求であった。


 史実において2万7千トン級の橿原丸型貨客船が建造された際も日本郵船は当時のニーズ、採算性、そして自社の資金繰りの事情から乗り気ではなかったが、帝国政府が運航上の損失の補償を補助する内約をとりつけて日本郵船から建造の受諾を引き出した経緯があった。このときの助成割合は逓信省の8割案と大蔵省の5割案で大いにもめた結果、海軍省が折衷案として6割を提案している。


 尤も、この橿原丸型貨客船の設計建造には平賀譲造船中将も大いに関与している。無論、空母改装を前提とした予備設計を反映させるためである。


 大角はこれを念頭に置いて出来る限り大型船舶を国家予算を使って揃え、自分の手元に置こうと画策していたのである。


 だが、流石に採算ラインに乗せることが出来ない船舶を海運会社が保有することは躊躇われたこともあって、船舶改善助成施設における申請は1万トンギリギリの船舶が多かった。実際にN型も7100トン、畿内丸型貨物船も8360トンである。そのため、速力を20ノットにするという条件だけクリアさせて艦政本部の承認を受けて建造されていた。尤も、史実よりも1.5ノット程度増速させていることから若干機関出力が強化されている。


 しかし、貨客船は1万トンを超えるため日本郵船は非常に頭を抱え悩まされることとなった。浅間丸型貨客船は1万7000トン~1万8000トン級、氷川丸型貨客船は12000トン級であることから史実と比べて5~7ノットも速度を引き上げることを求められたのだ。


 結局、氷川丸型貨客船は比較検討の上で中途半端な性能となることから過剰性能ではあるが、バランスが取れる大型化を余儀なくされ、船のサイズを大きくし、貨物積載能力を増やすことで採算が取れるように設計を変更し総トン数は1万5千トンに増加した。また、浅間丸型貨客船は船体サイズはそのままで機関増強で対応することとなり、総トン数は2万トンに増加したのである。


 この際、日本郵船は新造船の採算ラインが悪化することに目を瞑り、代わりに荷主と荷物を増やすための営業活動を強化することとなった。それは国内企業だけでなく、欧米企業にも猛烈なアタックを仕掛けて兎に角満載になるように荷物を確保していったのだ。


 そして、同時に太平洋航路や欧州航路で採算が悪化することが明白となってからは海運各社はRORO船に力を入れるようになったのだ。外国航路で減った利益を国内航路・近海航路で取り戻そうというものである。RORO船の航路を拡充すると同時に陸送の一体化を図ることで副収入を得ようと画策した海運各社は郵船運輸や商船陸運などといったグループ企業を設立し、貨物の囲い込みを始めたのであった。


 これに大きく危機感を募らせたのが鉄道省系の半国営企業である国際通運であった。史実において国際通運は日本通運の前身企業であるが、戦時経済統制の一環として、戦時物資を円滑供給するため、トラックを用いて、貨物列車での集荷・配達業務を行うという目的で全国の通運業者を統合して日本通運法の下で国営企業として成立された経緯がある。


 こういった事情から鉄道省と関係が深い国際通運は自分たちの縄張りを荒らしに来た新参者に礼儀というモノを教えようとし、価格競争を始めたのである。文字通りのダンピングである。


 まさかの横やりに郵船運輸と商船陸運は困惑するが、かと言って売られた喧嘩を買わなければ自分たちが負けるとわかっているため引き摺り込まれるほかなかったのである。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] コンテナが導入されているか。 [一言] 大神ドック作成済みでしたっけ? 旧型船舶は防波堤なり倉庫なりになれど近距離の対米輸出が出来ないのが痛いですね。 先の銀騒動で不安定になってま…
[一言] なんだかんだ言っても、世界貿易が低迷してる時代なわけで大型船舶補助は造船産業維持には必須ですよね。 史実では最低限の必須船舶量の2倍程度で開戦したわけですが、余裕をさらに持ちたいみたいですね…
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