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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2593年(1933年)

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大命降下、三土内閣成立

皇紀2593年(1933年) 1月17日 帝都東京


 この世界においても徐々に史実同様に主要人物があるべき地位へと近づいている。


 東條英機は中将への昇進が間近となり、陸軍省においては軍務将校や技術将校の支持を得ていき、兵器開発に大きな影響を及ぼしている。また、同時に憲兵隊からは次代の親分と扱われ、憲兵司令官への就任を望まれてもいた。内務省もまた次代の内務大臣としてつかず離れずの関係を築いている。


 立憲大政会は議会多数派を維持し続け高橋是清内閣は想定以上の長期政権となっていた。内閣改造の声も時折出てくるが、余りにも強力な布陣であることから閣僚の交代も行われることなく、政務官や副大臣の交代による経験値稼ぎという形でこれらの声に応えている。


 特に後藤新平や仙石貢など東條-有坂枢軸と関係の深い閣僚は帝都復興や列島改造においてその地位を不動にしている。しかし、後藤は急行列車乗車中に脳溢血で倒れ死去したこともあり同じ後藤姓を持つ”天皇陛下の警察官”の二つ名を持つ後藤文夫が内務大臣に急遽抜擢されている。仙石もまた天寿を全うしたこともあり、鉄道大臣も交代することになった。


 また、外務大臣の森恪に至っては東洋のセシル・ローズの二つ名をほしいままにし、文字通り「神は世界地図がより多くイギリス領に塗られることを望んでおられる。できることなら私は夜空に浮かぶ星さえも併合したい」とローズ本人が自著で語ったように積極外交を展開し、外務省を強力に指導していた。


 特に森の補佐をしていた吉田茂は彼の主張に同調し、満蒙への介入、対支那強硬論を主張していたのである。同じく支那方面への介入を望む陸軍と吉田は仲が余り良い方ではなかったが、陸軍側の主張よりも強硬なそれを展開することで陸軍を困惑させることがしばしばあった。


 これらの主張が基礎となり、満蒙分離論が国内で盛んに議論されるようになったのは史実とそれほどの違いはなかった。だが、その急先鋒であった森恪が32年の年末に持病の喘息と肺炎を併発させ鎌倉で急死したことで旗振り役を失った形になってしまったのだ。


 高橋は森の死去による外務大臣空席を機に内閣改造を決意し、外交に明るく何度か外務大臣経験がある内田康哉、森の外務次官であった吉田、駐ソ大使である広田弘毅が候補に挙がった。


 このとき、内田は広田を推したが、吉田は候補外であった重光葵を推したのである。吉田が重光を推したのは理由があった。


 31年天長節(4月29日)に上海で起きた天長節爆弾テロ事件で重光は史実通りに片足を切断するという重傷を負っていた。その傷が癒えた頃合いであったこと、そしてテロと戦う闘士が外交の第一線に立つという視覚効果によるメッセージ性を考えてのものであった。


 吉田は森とともに強硬外交を主導していたこともあり、支那人や朝鮮人の対日敵対心に対して明確な態度を示さないといけないと考えていたのだ。ただし、英米との協調は欠かせないと考えていたこともあり、国内および大陸向けには対テロ戦争の闘士、欧米向けには無法者の被害者という顔の使い分けが出来る重光の存在は好都合だったのだ。


 また、対ソ強硬論を主張する重光は大陸情勢を任せるにあたって適任であったのだ。ソ連の動きに対しても牽制を掛けることが出来る弁舌を持つ人物はそう多くはない。欧米から同情を得ることで大陸政策において有利に主導することを望む限り重光以上に最適の人物はいないのだ。


「重光さん、あんたには外務大臣として欧米と渡り合って欲しい。内田さんは悪くない人選だろうが、あの人はヤジロベエだ。ちょっと触れたらどっちにでも揺らぐ。それじゃ困るんだ。あんたが外相として力を発揮する際には私が大英帝国とのつなぎをしっかり果たすから心置きなくやって欲しい」


 吉田は重光邸に赴きそう伝えた。


「貴方の言うことはわかるのだが、支那情勢はそうは簡単ではない。それは貴方がよくわかっていると思いますがね。私もこの通り足を失った。連中の我々への敵意は相当なものです……特に朝鮮の扱いはまるで印度の様ではありませんか、あれでは朝鮮人が再び爆発しますよ」


 重光は肯定も否定もしなかったがそう語る。彼の瞳には憂いととともに悲しみの色がありありと見える。天長節爆弾テロ事件の惨状が未だに彼の脳裏にこびりついているのだろう。


「あんたの言うことは尤もだ。だが、かつて福沢翁も言っておっただろう。連中は自業自得なのだ。自分の力で生きることも出来ないのなら他人に生かしてもらうほかない。それが奴隷的な生であろうと、彼ら自身がそれを選んだ結果なのだ」


 吉田はそれからいくつか重光に外交情報を開示した。本来は口外してはならないものであるが、重光に頷かせるためにはそれとて織り込み済みであった。吉田にしてみればヤジロベエな内田や夢見がちな協調論を唱える広田になど外務大臣になられては困るのである。国家百年の大計を考えれば、一貫した外交方針であることが望ましい。


「だとしても……いや、あえて言うまい。わかりました。引き受けましょう。だが、吉田さん、貴方には手足になって働いてもらいますよ。なにせ、貴方は私に道化を演じろというのですから」


 重光は思うところはあったが吉田がそれも含めて引き受けろと迫ってきたと理解し頷く。


「おぉ、そうか、受けてくれるか! では、任せてもらいたい」


 重光の言葉を聞いた吉田は笑みを浮かべつつ重光邸を後にする。彼にはやることがまだ山のように残っているのだ。そう、広田を候補から落とすために閣僚への工作が必要だったのだ。重光が頷くより前から進めてはいたが、これで大手を振っての重光擁立が可能となる。


 そして年始に宮中参内し、新内閣がスタートした。その際に重光の姿があったのは言うまでもない。


 当初は改造内閣という構想であったが、人事刷新を行うのであれば内閣総辞職の上で新総裁の下で新内閣樹立が道理であると与党内の議論の末、新総裁に三土忠造が選出され大命降下と相成った次第である。無論、その後ろ盾は大蔵大臣となった高橋であるのは言うまでもない。


 三土忠造内閣


 総理大臣 三土忠造 立憲大政会

 大蔵大臣 高橋是清 子爵 立憲大政会

 外務大臣 重光葵 立憲大政会

 内務大臣 後藤文夫 貴族院

 陸軍大臣 荒木貞夫 陸軍中将

 海軍大臣 大角岑生 海軍大将

 司法大臣 小山松吉 貴族院

 文部大臣 潮恵之輔 貴族院

 商工大臣 内田信也 立憲大政会

 農林大臣 町田忠治 立憲大政会

 逓信大臣 久原房之助 立憲大政会

 鉄道大臣 八田嘉明 貴族院

 拓務大臣 児玉秀雄 伯爵 貴族院

 企画院総裁 結城豊太郎

 興亜院総裁 高橋是清 子爵 立憲大政会

 内閣情報調査局総裁 伊藤述史

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