大ローマの幻影
皇紀2592年 12月24日 イタリア王国 ローマ
ダンケルク級中型高速戦艦の建造の報がベニト・ムッソリーニの元に届いたのはその日の夜のことであった。外務大臣をを務める娘婿のガレアッツォ・チャーノからの報告にムッソリーニは笑みを浮かべて頷いた。
「ガレアッツォ、フランスは意外にも超巡の建造競争には参加しないという選択をしたようだな」
「ドゥーチェは楽観されておりますな。日本からのイセとヒューガはそこまで頼りになりますか? 改装したとはいえ、ロートル艦ではないですか。フランスの新型艦の方がより優速で、砲戦能力は上ではないのかと思いますが……」
「だが、決定的な欠陥もしくは問題を抱えておる。前方と側方射界しか取れないダンケルク級は実戦では難儀することだろう。日本海海戦の様な敵前大回頭などそうそう出来るモノではない……そして高速になればなるほど旋回半径が大きくなる。艦隊戦では使いにくいことだろうよ」
ムッソリーニはそう言うと興味をなくした様であった。だが、それは別のことを考えていることをチャーノは知っていた。彼が義父の側近として使えて以後、よく知るところであったからだ。
「ドゥーチェ、何をお考えですか」
「うむ。先のバルカン戦役での日本艦隊の空母の運用で思うところがあってな」
「はぁ……一体何を?」
「あぁ、これはまだ思考がまとまっておらん。軍事のことをよく知らない外交官である君には話したところでわかってもらえんだろう……ジュゼッペに後で助言をもらうとしよう」
ジュゼッペ……ジュゼッペ・シリアンニは海軍大臣を兼任するムッソリーニの次官として海軍行政を担う人物である。支那での義和団の乱を鎮圧するために派遣されたイタリア軍部隊で活躍し、また欧州大戦でも活躍したことでいくつかの勲章を授与されている英雄である。
「彼ならばドゥーチェに適切な助言が期待できるでしょうが……海軍力のこれ以上の拡張は英仏の懸念を生みます故慎重な判断をお願いします。彼らとて地中海世界に権益を有する存在、我がイタリアが抜きん出ることを望んではおりません」
チャーノのバランス感覚と先読みはもっともであるためムッソリーニも頷き軽率な真似はしないと約束する。だが、ムッソリーニの心中にあるのは大ローマの復興、地中海世界の制覇であるのは誰の目にも明らかである。それが故にチャーノは懸念を深めていたのだ。
「……空母か……」
チャーノが執務室から退出してから暫くしてムッソリーニは呟く。
「イタリア領エーゲ海諸島……キクラデス諸島、クレタ島、キプロス島……」
彼の目に映るのは地図上に広がる東地中海の島々であった。それらはイタリア領としての配色、ギリシア領としての配色、大英帝国領としての配色に分かれている。
「ヴェネツィア、ダルマティア、モンテネグロ……アルバニア、ギリシア……ふはははは……」
静かであった執務室に彼の笑い声が響き渡る。彼の中で一つの線が結びついたようであった。




