新たなる策謀<1>
皇紀2592年 11月11日 帝都東京
「おかしい」
有坂総一郎は東條英機とともに市ヶ谷の自邸でアメリカ大統領選挙とその結果について今後の方針を確認するために会合を持っていた。
その席上、総一郞は違和感を感じそれを東條に伝えたのである。
「おかしいというが、何がおかしいのだ? ルーズベルトが大統領になったことは不自然なことはないだろう。前世でも同様の経緯で大統領になっておるではないか?」
「それではないのです。この写真が違和感を訴えかけてくるのですよ」
「奴が飛行機から降り立つ写真だが、何も不自然なことはないのではないか? 飛行機もフォードのトライモーターとかいう三発機であるのだから異常を感じる点はないぞ」
東條はアメリカから届いた新聞に掲載されているルーズベルトの写真を順番に見ていくが、不自然な点を見つけるには至らなかった。加工写真の可能性や影武者であるというそれを疑うがどれもこれもルーズベルト本人であるとしか考えられないものであった。
「いえ、そうじゃないのですよ……なんだろうなぁ……喉の奥に引っかかる小骨みたいな違和感なんですよ。それも割と大事な……」
「なんだ? はっきりせん奴だな。それでは話にならんではないか」
「はぁ、すみません。ですが、この写真は違和感があるんですよ。思い出したら伝えることにします……しかし、なんだろうなぁ……」
総一郞は首を捻りながらブツブツと言いながらも別の話題に話を変える。写真の違和感よりも大事なことはいくらでもあるのだ。無駄に時間を過ごすわけにはいかない。
「のぅ有坂よ、貴様の予想していた選挙結果と大分違うのではないのか? ニューヨークからの最新情報だとペンシルヴァニア州、メイン州、バーモント州以外全州で敗北しておるではないか? 確か他にフーヴァー陣営が勝てる州が3州あったと聞いておったが、予測が完全に外れておるではないのか?」
東條の指摘に総一郞は渋い顔をする。史実ではペンシルヴァニア州、メイン州、バーモント州の他にコネチカット州、ニューハンプシャー州、デラウェア州でフーヴァー陣営は勝利している。
だが、蓋を開けてみればどうだろうか?
比較的得票数に余裕があったペンシルヴァニア州、メイン州、バーモント州はギリギリで勝利し、全国水準でも軒並み史実よりも明らかに得票が低下し、フーヴァー陣営は100万票近くも総得票を失っている。だが、史実では躍進していたアメリカ社会党のノーマン・トーマスもまた史実の80万票に比べ30万票と大きく票を割っていたのだ。
「前世以上にアメリカ国内が荒れているのか、それとも……」
「間違いなく前世と比べて合衆国の国内環境は悪いだろう。大英帝国と関係悪化して欧州は反米感情が激化している。その上で保護貿易なんぞやらかせば売れるモノも売れぬであろう。結果、未曾有の不景気と悪循環……代わりにソ連と関係が良くなっておるからそちらにモノを売っておるのだろうが、そもそも経済規模が違うから微々たるモノだろう」
東條のそれは説得力があった。欧州はアメリカのブロック経済方針に反発し、域内貿易や植民地貿易にシフトし、また経済成長が著しい日本との貿易にシフトしていた。これによって大西洋を東西に行き来する物流は激減していた。
米国企業がモノを売りたいと言っても、輸入に高関税を掛けているのはアメリカであり、欧州はそれに報復関税を掛けている。結果、欧州がアメリカの産品を望んでも適正な価格で手に入らないため自然と取引は低調になっていったのだ。
もっとも、そうでなくても欧州ですらモノ余りなのである。高関税で同程度の品質の製品など輸入するメリットが見いだせなかったのだ。
そこに北朝鮮のタングステンや満州の石油といった資源を解放した日本は資源調達先としても有望でありまた投資先としても魅力的であった。工作機械やエンジンといった工業製品の輸出も堅調であったのだ。
特に亡命ロシア人や白系ロシア人といったコミュニティは膨大な資金を有していることもあり、沿海州に成立した正統ロシア帝国への投資にともない欧州と極東の交流は増えていったのである。
陸軍省軍事調査部長という職はあらゆる情報を扱うのに都合が良く、甘粕正彦率いるA機関との連携もあり東條の元には多くの情報が集まってくる。こういった情報を生来のスキルであるメモ魔を活かし東條は徹底して分析を行っていたのだ。
「生産力そのものは落ちていないにしても、合衆国は間違いなく人心が荒廃しつつあるようだな。なりふり構っていられないというのは逆に危険な状態ではないのか?」
「確かに日英連携という劇薬が合衆国に毒となって効きだしたのかも知れません。適量を超えた薬は毒になる……ふむ……我々はやり過ぎたのかも知れません」
「今頃そんなことを言うのか貴様は?」
「仕方ありませんよ、合衆国が赤く染まろうが、魔王に支配されようが、帝国が生き残るためにはそれこそこちらもなりふり構っていられないのですから」
「まぁ、そうだな。では、我々も時計の針を進めるしかあるまい」
東條の言葉に総一郞も黙って頷く。
「大慶油田の開発を餌にソ連をハイラルから引っ張り出して関東軍に叩かせる」




