奉天
皇紀2583年8月22日 満州 奉天
満州において最大の都市であり、人口50数万を数える奉天。日本人の居留者は数万人を数え、その街並みは和洋中が混在し、大連とは違った趣を見せる。
奉天駅周辺には満鉄附属地が広がり、ここが日本人居留地となっており、満鉄系の企業やホテルなどが所狭しと並んでいる。その満鉄附属地の中心に位置する奉天駅は中央に大ドーム、左右にウィングが張り出す威容を誇っている。1910年に竣工したばかりの赤煉瓦が美しい駅舎である。
奉天駅をはじめ、1900年代、1910年代に建設された駅の多くは日本人建築家が競い合うように夢の新天地で己の才を発揮し、あらゆる建築様式を満州の地に持ち込んだ。
その結果、満鉄の駅は特徴的なものが多くなったのである。
奉天に到着した有坂総一郎らは奉天駅を後にし、奉天ヤマトホテルへと向かう。
大連を朝9時に出たが、奉天に着いた今は既に14時を回っている。史実における特急あじあ号とほぼ同じ運転時刻であるが、新型機関車による試験運転でもあり、若干の余裕を持たせた運行だったようだ。
「この満鉄附属地を見ると内地の……銀座に居るように感じますなぁ……」
総一郎は駅舎の外の風景の感想を述べた。
「ははは……それはそうですよ。この街を作ったのは我々日本人です。そして、ここに住んでいるのも日本人ですからね……自然とそうなるでしょう」
「だが、それはそれで面白みに欠けるね」
島安次郎と出光佐三もそれぞれの感じることを述べた。
「昼食が少し早かったですから、適当に何かつまみましょう」
島は二人に提案すると総一郎が乗り気になって尋ねた。
「奉天の名物は一体何があるのです?」
「高粱餅ですよ」
「高粱餅……それって甘いんですか?」
出光は渋い顔をした。
「有坂君……それは……」
出光が何か言おうとしたが、島はそれを目で退けた。
「まぁ、食べてみればわかりますよ。ここは奢りますから、有坂君、さぁ、どうぞ!」
「では、遠慮なく」
総一郎は興味津々といった表情で高粱餅を口にする……が……。
「……美味しくはないですね……」
「まぁ、高粱の餅ですから……でも、腹持ちは良いのですよ。まぁ、携帯に便利な安い車内食です」
「だから忠告しようとしたのに……」
出光は仕方ないなという表情をすると続けて言った。
「口直しにホテルのロビーでコーヒーにしよう……それは私が持とう」
「それは美味い奴なんでしょうか?」
「さぁ、それはどうだろうね?」
出光はニヤッと笑って言った。
奉天の名残が全くなくなってるじゃねぇかよ……。
満鉄附属地近辺の区画と道路が辛うじて満鉄時代、満州国時代を窺わせるけれど、旧奉天城の宮殿とか形跡すらない……。
張作霖爆殺現場くらいはなんとか原型に近い感じで残っているけれど、なんつうか、BETAに浸食されたユーラシア大陸みたいに感じたよ……。




