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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2592年(1932年)

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統制発動機プロジェクト始動

皇紀2592年(1932年) 9月5日 帝都東京


 この時期において日本の自動車産業は最大手がフォード・ジャパン、ゼネラルモーターズが国内に工場を構え20年代後半から大規模操業を開始していた。31年時点では両社が総計3万台規模の生産台数に達していた。


 史実よりも1万台も多く外資二社が生産していたのは自動車需要が急増した故にフォード・ジャパンが型落ちではあるがT型フォードの生産ラインを米本土から移転させ強化したことが主な理由であった。


 一方の国内産業はどうかと見ると、東京瓦斯電気がTGE型トラックを量産し、主にトラック業界の一角を担う一方で、三菱重工業、ダット自動車製造が少数ながら国産乗用車を量産を始めていた。だが、トラックに比べればその生産能力は低く、三菱重工業に至ってはある意味では片手間の副業的な位置づけであった。


 また、中島飛行機が堤康次郎と組んで始めた所沢のトラック工場で主に生産される”金太郎”トラックは旧世代のTGE型トラックに比べて積載量、速度、馬力ともにパワフルで、東條とともにその能力を遺憾なく発揮し、鉄道省や農林省、民間の注文が殺到し未だに注残が捌けない状態にあった。


 中島飛行機の自動車工場が総力を挙げて”金太郎”トラックをマイナーチェンジ車も含めて量産しているが月産100台程度であり、その多くは民間需要を満たすことに用いられていることもあり陸軍向けには出荷が行われていなかった。


 尤も、陸軍側からすると”金太郎”トラックは過剰性能であり、もう少し性能を落として量産性と不整地走行性能を強化した仕様のものが望まれていたこともあり中古市場に出回るようになったTGE型トラックや外国製トラックを主に買い集めていたのである。


 だが、当然のようにこれには大きな弊害があり、整備性の悪化と配備車両が異なることにより定数を満たさないこと、故障率の上昇など問題が頻発していた。だが、それは陸軍側も当然承知の上でのものであり、極力同じ車種を統一して配備するようにして整備や定数の問題をクリアしてようとしている。


 しかし、鉄道省や農林省、そして民間にトラックが普及すると同時に更なる問題が発生し始めたのである。


 まずは道路の問題だった。


 道路行政を所管する内務省は道路整備の予算を獲得しようとしていたが、第一優先は関東大震災による帝都周辺の復興であり、地方への道路整備には予算が回らなかった。


 これによって京浜地区、京阪神地区、名古屋港地区、北九州地区の大規模産業道路の建設が限界であり、結果としてトラックによる長距離輸送は非現実的となっていたのだ。


 道路の整備が進まないのであれば大型トラックによる輸送は効率が悪いだけで、小回りが利く旧世代のTGE型トラックが活躍するという逆転現象が発生することもしばしばであったのだ。


 次に普及が進めばそれだけ燃料の消費が促進され、ガソリンの需要が急増したのである。ガソリンは精製出来る施設が整備されつつあるが、9割方は輸入に頼っており、その多くは米本土のカリフォルニアやテキサスから購入している。


 だが、アメリカ政府はなんだかんだと理由をつけてはガソリンの輸出に制限を加えたり邪魔をし、また同時にスタンバックなど石油メーカーは便乗値上げをするなどして利益を確保していたのだ。尤も、注文された分をきっちり納品していることもあり迂回輸出による手数料と言われたら文句を言えない部分があった。


 そうなると大馬力で積載量に余裕がある”金太郎”トラックもこういう状況になると燃費の悪さが目立ってしまうことでその能力を発揮し辛くなっていった。


 そこで自動車産業全体としてはガソリンエンジンではなく、大日本帝国が自前で供給可能な軽油を主燃料とすることが可能なディーゼルエンジンを志向するようになった。


 これには業界の統制を図りたい商工省と外貨流出を懸念する大蔵省の思惑が合致したこともあり、帝国自動車産業振興会が設立されることとなったのである。この裏には岸信介ら商工省の若手官僚の暗躍があったのは言うまでもないことである。


 陸軍も戦車開発という事業を内部で行っている手前、燃費を抑えることが出来、尚且つ燃えにくいディーゼルエンジンの開発には前向きであり、官民が進めるディーゼルエンジン開発事業に期待するところ大であった。しかし、陸軍はこのプロジェクトに参画していないこともあり口出しが出来なかった。


 だが、そこに赤菱自動車製造という独自勢力が大排気量のディーゼルエンジンを積んだ”山猫”というオフロード車を引っ提げて売り込みをかけてきたことで、陸軍は赤菱MAN発動機を研究資料として提供するという建前で帝国自動車産業振興会に捻じ込むというカードを手にしたのである。


「これで陸軍主導の統制発動機を造ることが出来そうだ」


 技術本部に作業スペースに陣取る原乙未生少佐は笑みを浮かべてそう呟いたが、彼らにとっても三菱が開発中であるザウラー式の空冷ディーゼルエンジンに匹敵するエンジンを手に入れたことで主導権を握れるかもしれないという誘惑に抗うことは出来なかったのだ。


 日本の政財界は何時の時代も椅子取りゲーム、誰が主導権を握るか、それによって官民プロジェクトは左右される。


 そう、自国産業の保護と育成を狙う商工省、外貨流出を阻止したい大蔵省、過当競争と開発コストを下げたい民間企業、戦車開発に都合が良いエンジンが欲しい陸軍省……誰が最後に笑うのか、それは結局は主導権を握った存在なのである。

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