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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2592年(1932年)

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山猫<3>

皇紀2592年(1932年) 8月31日 帝都東京


 その日、有坂総一郎は信じ難いものと遭遇することとなった。


 有坂コンツェルン本社は新橋に所在ていることから東海道本線の貨物駅である汐留駅を良く見渡すことが出来る。その汐留駅は大阪の梅田駅との間にコンテナ貨物列車を多数運行し、東海道本線、山陽本線系統に属する貨物列車の起終点駅でもある。


 その汐留駅の貨物ヤードの一角に陸軍の貨物列車が主に着発する区画があるが、そこに”見慣れた”オフロード車が無蓋車に載せられ運び込まれてきていた。その正体は赤菱自動車製造の山猫と称するオフロード車である。


 このところの彼は歴史介入(遊び)よりも自分の執務机に積み上げられる決裁書類や満州の遼河油田の開発状況をはじめとする報告書の類を片付けることに注力していたのだ……いや、注力していたというのは正しくない。


 会長秘書にして取締役員である有坂結奈(自分の嫁)に監禁されて自分の仕事をするように強制されていたからだ。


「家族に会わせてくれ!」


 彼の叫び声が執務室に響くが、その叫びに応える声は暖かいものではなかった。


「目の前にいるじゃない?」


「いや、子供に会わせろ!」


「失礼なこと言うのね。いつも、一緒に帰宅して、食後は子供たちと遊んでいるじゃない」


 まるで売れっ子だが締め切り破りの常習犯とその編集者の如きやりとりだが、総一郎にとっては結奈(自分の嫁)が鬼編集者のように見えて仕方がないのである。


 最近では会食すら制限され、業務優先と言い渡され書類仕事をやっつける日々だったのだ。


「なんでこんなに書類が積みあがるんだ……おかしいだろう……」


「これでも減らしている方だと思うのだけれど? 今見ている書類、それ、あなたが知ってないと困るんじゃなくて? 決裁書類は権限の委譲である程度は減らせるでしょうけれど、あなたが的確に指示を出さないと駄目なものまで減らせないと思うけれど?」


「だが、それにしても多過ぎるだろう……」


「あなたが色んな所に足を突っ込み過ぎなのよ。それに、この世界は前世と異なる流れを始めているのだから、至る所に綻びが出るはず、その綻びに気付かなければ……私たちは破滅するわ。それでも、逃げるのかしら?」


 そう、彼女の言う通りである。元は総一郎が言い出したことである。誰かを頼ることが出来ない以上、自分たちで綻びとなりそうなことや開発計画の進捗は把握し続ける必要があった。


 とは言っても、結奈もまた総一郎(自分の夫)がパンクし掛けていることには気付いていたし、そのために社内での権限移譲や情報共有を進めて出来るだけ歴史介入する余裕を作ろうとしていたのだ。


「東條さんも平賀さんも今は凄く忙しいようですから頼りたくても頼られませんからね……なんとか二人で乗り越えないと……というわけで、次はこれを読んで方針を示して」


「待ってくれ……頭がパンクする……外の空気くらい吸わせてくれ」


 新たな書類の束を渡されそうになった総一郎は椅子から立ち上がると窓際に向かいベランダに出た。


 海の近い新橋で比較的高層建築である有坂コンツェルン本社ビルは良い風が入ってくる。夏の終わりに近いがまだまだ暑い中でも秋の風を感じることが出来た。


「……そうね、少し休憩しましょう。実を言えば私も少し疲れたの……今、お茶を淹れるわね」


 結奈はそう言うとお茶を入れに自席へ下がる。お茶の用意をしている彼女はなんだか気分が良いのだろうか鼻歌が聞こえて来た。


「……私がちゃんと仕事している時の結奈は機嫌がいいんだな……」


 総一郎はそう呟くと汐留駅の方を眺める。その先には緑豊かな浜離宮恩賜庭園が見える。その先には東京湾を行く汽船の煙がたなびいている。


「ん? なんだあれは……」


 目を擦って見直すがそこには見慣れたアレが居た。


「いや、おい……なんで、あんなもんがここにあるんだ……」


「騒がしいわね。何があったのかしら?」


 気分良くお茶を淹れていたの邪魔された結奈はムスッとした表情でベランダに出てくる。その手にはティーセットが用意されている。どうやら長めの休憩のつもりだったのだろう。お茶菓子も用意していただけに結奈の気分を害された表情との対比で総一郎は唾を飲み込まざるを得なかった。


「それで、UFOでも見つけたの?」


「……空を飛んではいないんだが、正体不明の物体であるのは間違いないな……」


「なによ、それ?」


 怪訝な表情を浮かべる結奈に視線を合わせる様にそれを指し示す。


「SUVね」


「あぁ、SUVだね。そう、SUVだよ。なんで、そんなもんがここにあるんだ?」


「知らないわよ……ただ言えるのは同業者(お仲間)がいたということね」


「そうだな……で、同業者(お仲間)はどうやら三菱大好き人間で、パジェロを自分の手で復活させたかったらしい……」


「あなたじゃないの?」


「違う……その疑いは確かにそうは間違ってはいないけれど……私じゃない」


 二重の意味で総一郎は頭を抱えたのであった。そして、結奈は……。


「殿方ってどうしてこうも同じ穴の狢なのかしら……馬鹿ばっか……」

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― 新着の感想 ―
[一言] 最初に読んでびっくり。 まさかこの物語世界でパジェロが出てくるとは思いませんでした。 それにしても世界初のSUVの出現、当時の自動車業界に衝撃が走ること間違いなし。 日本の他のメーカーが…
[良い点] 「殿方ってどうしてこうも同じ穴の狢なのかしら・・・・・馬鹿ばっか・・・・・」 褒められたと思っておきましょう。
[一言] パジェロがあるなら ダーツしようぜ?
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