帰って来た戦車男<2>
皇紀2592年 8月15日 大阪市
試製九二式重装甲車の開発は概ね満足のいくもので開発が終了し、拡大試作による実質的な量産が始まっていたが、あくまでこれは騎兵科に配備されるものであり、騎兵科の装備刷新が目的といったものである。
鉄道省城東線(後の大阪環状線)を挟んで陸軍造兵廠大阪工廠は城東練兵場と隣接しているが、その城東練兵場には数両の試製九二式重装甲車が並び砂埃を巻き上げながら横隊で走行している。敷地の問題で全速の時速40キロを出すことはないが数が揃うと豆戦車の類とは言っても壮観である。
もっとも、城東線は基本的には高架や築堤を走っているが、他の場所と違って京橋~森ノ宮間は地上を走っている。そして防諜上の理由から窓の高さよりも高い塀が築かれている為に電車の車内からは全く外が見えない。残念ながら大阪市民がこの壮観な雄姿を見ることはない。
さて、話は陸軍造兵廠大阪工廠本館で行われている戦車開発会議に戻る。
帝国陸軍全体としては軽量かつ高速、歩兵直協が出来、量産に向いた戦闘車両を必要としているという方向性は固まっていたが、問題は求める性能が矛盾しているということである。
軽量かつ高速という要望は現場が求める最大のそれであるが、これを実現するには車体を小さくする必要があった。
しかし、歩兵直協という要望はこれに矛盾する。支援火器として砲火力が必要であり、それを載せるにはそこそこの大きさが必要である。
また、運用人数を出来るだけ抑えたいという要望が陸軍省から人員的都合と予算的都合から望まれており、これがまた矛盾を増やしているのであった。
「陸軍省の要望は最終的にはカネとヒトが最低限で済むモノとなりますが、参謀本部……現場の要望では敵や味方の輜重部隊に置いて行かれない速度、そして味方を支援出来る砲火力というモノ……こんな矛盾したものを造れと仰る?」
原乙未生少佐は並み居る高官や上司たちに敢えて尋ねる。原は彼らがどのあたりでの妥協点を示すのか様子見をしようと考えての質問であったが、この時点で腹案はあった。あるにはあったが、本当にそれでよいのかという迷いがなかったと言えば正直なところ迷いがあった。
「原君、陸軍省と参謀本部の要望は一度おいて、君の考えを聞かせて欲しい。これは軍事委員長として純粋に技術者としての意見を聞きたい」
東條英機少将は会議冒頭から各人の発言や資料の中でも重要であると考えた部分にいつも通り手帳へメモを書き連ねていたが、ここでようやく言葉を発したのだ。
「閣下、私が問題と考えているのはやはり発動機であろうかと……現状はガソリン発動機を積んだ戦車や装甲車が開発されておりますが、やはり出力が不足しているのは九二式重装甲車のそれでも明らかです。また、牽引車として自動貨車を活用しておりますが、その牽引速度は15~20キロ程度と非常に遅い」
「ふむ、ということは君の考えではやはり軽量高速な車両が望ましいと考えているのだね?」
東條はそこで参謀本部側の要望をぶつけてきたが、原はそれに頷くことはなかった。
「いいえ、閣下、それでは結局はお茶を濁しているだけです。それに……そもそも軽量なというのがいただけないと考えます。軽量なままでは結局非力な発動機のままで武装や装甲も満足出来るものには出来ません」
「確かにそうだね、ではどうするね?」
「用途の明確化を図りましょう。あれもこれもはどのみち破綻をきたします。全部に応えることは出来ません。選択と集中です」
原は至極尤もであるが、最も難しいことを提案してきた。
陸軍省にとって車両化が進めば進むほど予算が拡大し、他に皺寄せがいくため出来れば安価な戦車が欲しかった。そう言う意味ではヴィッカース6トン戦車の様な軽量で安価に整備出来る車両が望ましかったが、仮想敵国であるソ連がBT-2といった新鋭戦車を投入している事実を考えると明らかに性能不足であることは明白だったゆえに頭を抱えているのだ。
参謀本部にとってもBT-2の様な有力な戦車と対峙するには従来の様な機動戦、運動戦を考えるうえで不利だと考えていた。こちらが急速浸透して敵陣を攻略するにも戦場を高速でウロチョロされる敵戦車は脅威であり、トラックと協調して進軍などされては目も当てられない。
「参謀本部は高速力で敵地を突破可能で、尚且つ砲火力が望めるのであれば、そこを妥協点とする。但し、極力軽量であることが望ましいと付記させて欲しい……これは船舶や鉄道輸送において運用可能な条件が厳しい場合があるからだが……」
参謀本部側からおおむね妥当な返事が返って来ると原はそこから許容出来る数字を頭の中で弾き出していた。問題は陸軍省の要求水準であった。




