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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2583年(1923年)

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後に海賊と呼ばれる男

皇紀2583年(1923年)8月22日 満鉄本線 大連-奉天間


 大連ヤマトホテルで島安次郎と会談した翌日、有坂総一郎は島とともに満鉄が仕立てた特別列車で奉天へ向かっていた。


 この特別列車は新型機関車の試乗試験として運転が予定されていたもので、本来は満鉄幹部に限られていたのだが、島の斡旋により総一郎以外にももう一人部外者が乗車している。


 総一郎は島から渡された切符に従い二等区分室へ入り、大連を発車してから暫く寛いでいた。


 大連を出発するとすぐに沙河口駅を通過し、進行方向左手に満鉄が誇る車両工場である沙河口工場が見えてきた。赤煉瓦の工場群といくつかの留置線が見える。留置線には新製したばかりの新型機関車の同型機が朝日を浴び輝いていた。内地で見る機関車と違い、赤い塗装をしている。


「ありゃあ、小田急のGSEみたいな塗装だな……誰だよ、こんなの提案した奴は……」


 沙河口工場を過ぎると周水子駅まであっという間に着く。ここから旅順へ分岐するが、列車は奉天を目指して本線を進む。


 大日本帝国の施政下にある関東州は遼東半島の先端にある細長い半島であり、200m以下の低山とその裾野にある狭い平地で構成される。


 「有坂さん、展望車をご用意出来ず申し訳ない」


 島は区分室に入るなり申し訳なさそうに頭を下げる。


 島が総一郎の居る区分室に訪れたのは金州駅を過ぎた頃だった。


「いえいえ、ここでも十分ですよ。内地の特別急行よりも快適かもしれませんよ」


「そう言っていただけると満鉄職員としては嬉しいものですが……鉄道省職員だった私にとっては微妙ですな」


 島は笑いながらそう言った。


「さて、区分室で我慢していただく代わりに、お土産をご用意させていただきました。どうぞ、お入りください」


 島は外にいる人物を手招きした。


「こんにちは、初めまして……君が有坂君ですか、いや、若いながら強い意志を感じる瞳をお持ちの御仁だね」


 島の手招きで区分室に入ってきた男こそ員数外の乗客であった。


「あなたは……」


 想定外の人物に総一郎は驚きを隠せなかった。


 広い額に丸眼鏡、にこやかに微笑む……しかしその眼光には鋭さを感じさせる何かがあった。


「紹介しよう……この方は出光商会の社長さんで、出光佐三氏。我が満鉄の大事な取引相手なんだ……有坂君、君に会わせようと思ってね、無理を言ったんだよ」


「いや、私も商用で大連に来ていたからね……あの島さんが是非会って欲しいと頼まれたら断れんさ」


 彼の名は出光佐三。史実において、帝国政府の石油関係の統制政策に徹底的に反対し、自由取引を要求した人物であり、戦後においては国際法や各種法の抜け穴を駆使し日章丸事件を引き起こして大英帝国海軍に喧嘩を売り、見事出し抜き、イランから石油の輸送を成功させた人物である。


「さて、有坂君……島さんの話だと満州に石油が出るとか君は語っていたということだが、どうだね? 確証があるのかい?」


 総一郎はドキッとさせられ焦りを感じた。


 以前、島と満鉄前社長の早川千吉郎との間で行われた秘密会談において満州の石油の話は秘匿されることとなっていたからだ。


「……島さん……これは一体……」


 ばつが悪そうに島は頭を掻きながら答えた。


「いや、それがね……地質調査の段取りを進めていた時に、出光さんに嗅ぎ付けられてさ……」


「あぁ、『なんで、満鉄が石油の試掘をしようとしているんだい?』って聞いたのさ……そしたら観念して島さんが内密にって話してくれたんだよ」


「いや、ありゃ脅しだったと思うよ……あんな鋭い目付きで睨まれたらさぁ……」


「人聞きの悪いことを言ってくれるね? 島さん、あんたとは良い商売相手でいたいんだがなぁ?」


 ニヤニヤしながら出光は島を揶揄う。


 総一郎は揶揄われる島の様子を見て背筋が凍る思いだった。


「で、有坂君……島さんの話じゃ、君の持ち込んだ話通りに鞍山の西で試掘したら石油が出てきたというじゃないか……君はそれをどこで知ったんだい? ん?」


「……それは……秘密です……絶対に言えません……」


 総一郎の答えに出光の眼光の鋭さが増す。


「なるほど……言えないだろうねぇ……実はねぇ……私のところにも匿名の書簡が届いているんだよ……ハルピンの西に石油が出る……とね……君はこれと同じ情報源ではないのかね?」


「……大慶の情報がどうして……あっ……」


「ほぅ、やはり、君はその油田に関しても情報を得ているようだね。まぁ、良いさ。大方、君も私と同じ誰かの垂れ込みがあったのだろう……いや、そうでなくても構わんさ……大事なのは君が確証を持っていて、満州の2つの油田を開発しようと企んでいるという事実だけだ」


 出光の追及がそこで止んだことに総一郎は安堵した。


「で、君はこの油田、どうするつもりだい? 今、開発しても張作霖に奪われるのが落ちだぞ?」


「……数年の間は秘匿します……問題が解消するまでの間は……」


「問題の解消?」


 出光の眉が動く。


「何れ、近いうちに張作霖は排除されます……その時こそ、満州油田の開発の時です……今はあることを確認されれば十分なのです」


「ほぅ、張作霖の排除とは思い切ったことを言うね、それは南京の国府かね? それとも、ソビエトかね?」


「……我が帝国によってです……近く、張作霖は満鉄に平行線を建設しようとします……そうなれば、我が帝国の権益は侵されることになりましょう……」


「だが、張作霖は我が帝国と協調関係にあるだろう?」


「あれは、日和見主義者です。直に帝国の指導下から外れて独自行動を始めます……そうなれば、張作霖の行動に不満を持つ勢力が策動し、彼を排除するように謀略を進めることになるでしょうね」


「ふむ、面白い。島さん、あなたの話通り、彼は非常に面白いことを言うね」


 出光は実に面白そうに笑いながら島に提案した。


「島さん、関東軍の動きは逐一私に知らせてもらえないか? 満鉄ご自慢の満鉄調査課があるだろう? 彼らの出番じゃないか!」


「ええ!? 彼らを使えと? 彼らはシンクタンクですよ? 御公儀御庭番みたいな真似をする組織じゃないですよ……そういうのはそこの有坂君が適任でしょう……彼は陸軍とのつながりも深いそうですし……なんでもシベリアで陸軍が使い始めた新兵器は彼の会社が提供していると聞きますし……」


「やはり君は只者じゃあないな。どうだ、満州石油の件、私も噛ませてもらえんだろうか?」


「……はぁ……わかりました……内密にお願いしますよ……」


「任せたまえ……ガハハハッ」


 対照的な二人であった。


 列車はそうこうしている間に普蘭店駅を過ぎ、大日本帝国の施政下である関東州と満州の境を越えようとしていた。

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