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陸軍技術本部との密約

皇紀2581年(1921年)10月28日 帝都東京


 前日に陸軍省へ電話して宮田中将との会合の確約を得た有坂総一郎はこの日の昼からの予定をキャンセル……普通であれば先方は嫌な顔をするが、陸軍のごり押しと好意的解釈をしてくれた……し、宮田中将を有坂重工業帝都工場へ招き、マザーマシン製造工場でそれから生み出される精密工作機械を見学させ、次に旋盤などの精密工作機械がずらっと並ぶ製品工場を案内した。


――有坂と言ったか……こ奴、何故、このような工場を見学させたのだ?何が目的だ?


 宮田は総一郎の説明を聞きながら彼の真意を見抜こうとしていた。


 その後も総一郎は宮田とその部下である陸軍の技官連中を案内を続けた。宮田の疑問を無視しての一方的な案内と言えるそれであるが、技官連中の中でも数人は手帳に物凄い勢いでメモを取り続けていた。


 それぞれの思惑を抱きつつ工場見学を終え、会議室へ一行は戻った。


「さて、本日、ここを見学していただきましたが、皆様方は何か感じるところがありましたでしょうか?是非、陸軍技術本部の皆様方の忌憚なきお話を伺いたく思います」


 開口一番、総一郎は陸軍一行へ何か言ってみろとそう言った。


 彼らが何か感じ取っていなければ、今後の行動に大きな問題が横たわるからだ。


「有坂社長、ここにある機材は欧米からの輸入品のライセンス品が多いようだが、これほどの数だとライセンス料が……」


「三菱や三井などの主要工場でもこれほどの旋盤を置いていないのではないか?」


「製品ごとに旋盤を専用化するなど勿体ないのではないのか?贅沢が過ぎるであろう?」


 陸軍一行は次々に疑問や細かい数字を投げかけてきた。


 彼らはおよそ皆一様に既存の考えで発言していた……が……ただ一人、彼らとは違う発言をした人物がいた。


「私は海軍の関係者から欧米の事情を聴いたことがあるのだが……欧米の企業はここと同じく、大量の工作機械を並べていて、流れ作業で徹底して工数を減らして効率を上げているという……有坂社長はそれを見習っておるのか?」


 やっとまともそうな意見が出た。


「大筋は間違っておりません……が、大事な点が抜けておりますな……」


「どういうことか?」


「我が帝国の製造業は……量産に向いていない。共通規格がなく、寸法規格が出鱈目である……ここが大事なところです。これがどういうことか、御分かりですかな?」


「有坂よ、勿体ぶるな……」


 宮田はじれったそうに言った。


「わかりやすく例えばの話を致します……三菱と三井と住友……陸軍から銃を納入せよと命じられたと仮定しましょう……現状、各社ともに自社の付き合いがある海外企業の規格で造られた冶具や工具を用いております……結果、同じメートル法であっても納入された銃は互換性がない状態となります……」


「そうだな……三菱には三菱の整備が必要であろうな?」


「左様、しかし、陸軍制式の装備であるのに、なぜ同じ製品ではないのか?それがおかしいと思われませんか?もし、それが同じ規格の工作機械、冶具、工具であれば……同じ規格寸法であったならば……どうでしょうか?」


「……う……うぅむ……そうだな……三菱であろうが、三井であろうが、整備は同じであるし、戦場でも最悪分解して一つの銃に組み立てなおすことが出来るな」


「そう言うことです……しかし、それをするためには陸軍において、基本となる規格統一をしていただく必要があります……また、その指定をしていただくには陸軍の製造現場、調達がまずは理解していただかないことにはならんのです!」


 陸軍一行は揃って頷いていた。


「今後、恐らく、陸軍部内で国家総動員、総力戦を唱える方が出てくるでしょうが、その方にこの話をなさると恐らく飛びつくはずです。なにしろ、戦力の統合整備が可能となるのですから、実質的な戦力増強につながると……その人物とその一派は気付くからです」


「それは誰だというのだ?」


「誰とは申せません……ただ、欧州大戦を研究されると大方の方はそういう結論に至るでしょうから、人物の特定など意味のないものです」


 さすがにこの時点で永田鉄山、東條英機などだとは口が裂けても言えない総一郎であった。下手にここで人物を特定するようなことを言って時流を読めなくする必要はない。


 現段階でやるべきことは……共通規格、統一規格の浸透と確立である。タダでさえ少ない国力、基礎工業力を簡単に底上げするにはそれしかない。


 そもそも、ネジ一つですら寸法が違うんじゃ話にならない。よくもこんな状況であの戦争を5年も戦い抜いたものだと思う。そして、パッキン一つまともに自社規格をクリア出来ないのでは話にならないのだから……。


「皆様方には規格統一を徹底していただきたく、そのために、我が社は陸軍技術本部に御国への奉公として工作機械を献納致します。そうですな……小倉に砲兵工廠用地も提供致しますので、手狭の東京砲兵工廠の代わりにここを基本として、後日、大阪砲兵工廠の工作機械も刷新していただきたく存じます」


「だが、それでは有坂、貴様の丸損ではないのか?」


「いえ、我が社は陸軍が導入していただくことで財閥各社が我が社の規格に統一される切っ掛けとなれば……後日取り戻せると考えております……工作機械の需要は軍需産業だけではありませんからな」


「ならば、陸軍省と参謀本部に掛け合ってみよう……どのみち、我が陸軍が損をしないのであれば受け入れられるであろう」


 ここに陸軍技術本部との密約が結ばれたのであった。

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