光輝くアレ
皇紀2592年 1月1日 帝都東京
東條英機は少将に昇進して3月で3年になる。定例に従えば年末までには中将に昇進することになるだろう。史実よりも3年早く将官の地位に就いた彼であるが、前世同様に陸軍中枢の地位にあるわけではない。
だが、彼が軍事調査部長として行った列強陸軍の軍制や装備に関する調査は帝国陸軍に多大な貢献をしていたのである。
また、兵器廠や技術本部とともに行っていた研究は史実日本の弱点であった発動機技術に大きく寄与し、各地の帝国大学から優秀な研究者を招聘し電探技術、無線技術、トランジスタ開発に力を注いでいたこともあり、年末までにトランジスタの実用化の目処をつけていた。
トランジスタの製造コスト低減と量産化のためにトランジスタ式ラジオを技術本部で試作したものが真空管式ラジオと違い耐久性などで格段の性能の違いを示したことは彼にこれまで進めて来た方向性を確信させ、開発、技術者や研究者たちもまた自信を持って今後の研究開発に励むことが出来たのである。
同時にトランジスタの技術、関連情報の特許も陸軍省名義で申請、特許利用も国内企業に限り、国外での製造を認めないという徹底した秘密管理を行った。
この際に有坂コンツェルンの有坂電産がトランジスタ式ラジオの量産を引き受け、従来の真空管ラジオよりも安価で長持ちする新製品の登場と銘打ち、春に発売することを正月のラジオ特別番組で放送したのである。もっとも、そのラジオ放送を行っている放送局そのものも有坂コンツェルン傘下の帝国放送が行っているのはお察しの通りである。
この数年で兵器開発に関しては加速出来る部分において十分な種まきは行ったと東條は年末に一年を振り返ったが、自分が軍事調査部長でいられる期間は長くても3月末までであろうと考えると今の時点で新しい事業を始めるのは適当ではないと考えていた。
――今までの自分は裏方であったが、これからは表舞台で動くことになるだろう。今はまだどのポストへ異動になるかわからないが、陸軍中央であれば次官を目指すのが手っ取り早いだろう、現場に行かされるなら関東軍が出世への踏み台になるだろうが……さて……。
前世と違い、彼の元には工作資金は潤沢に存在している。また、帝大、内務省をはじめとする軍以外の人脈も確保していることもあり、各方面への工作活動はしやすい状態だ。
また、甘粕正彦の率いるA機関が諜報活動で得た有益な情報を持ち込んでくれることもあり情勢分析に大いに役立っている。
――今のところ引退したとはいえ原敬の影響力もあり政界と議会は比較的正常に機能している。前世の様な議会政治の崩壊には至っていない。また皇道派は存在していても彼らは前世の様な暴走をしていない。これはアカ狩りを徹底して行ったことで赤化分子や赤化国粋主義が蔓延っていないことが大きい。
実際に東條が裏から手を回して甘粕を犠牲にした赤化分子の殲滅作戦、内務省と憲兵隊が活躍したアカ狩りのおかげで史実の共産主義者や社会主義者はその殆どが血祭りにされ浄化された。それによって無関係な人間も少なくない犠牲が出たが、国内世論は赤化の恐怖に怯えアカ狩りを是認していたこともあって支持は高かった。
――関東軍など外地部隊が赤化汚染されていなければ良いが、やはり、出向いてみなければわからんか……。
国内は浄化したことで安心は出来るが、先年の李公事件の例もある。外地は褌を締めなおして掛からないといけないと東條は気持ちを引き締める。
縁側の引き戸から日が差してきたことで日の出を迎えたことに気付いた彼は縁側から庭に下り立ち初日の出を遥拝する。
――今年も一年やれることをやらねばならんな。
東條の禿げ頭には初日の出の光が眩しく反射していた。




