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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2583年(1923年)

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有坂総一郎の憂鬱

皇紀2583年(1923年)8月15日 帝都東京


 第2回帝都防災演習がこの日帝都全域において行われているが、有坂総一郎と東條英機少佐は有坂邸において会談していた。


 二人が直接顔を合わせるのは久々のことである。3月に陸軍技術本部まで拉致されたあの一件以来のことであった。


 総一郎は正直なところを言えば東條が苦手であった……いや、より正確に言えば、陸軍の若手将校に苦手意識が芽生えていた……であろうか……。


 有坂重工業本社前に突然乗り付けてそのまま拉致していく丸眼鏡のオッサンや、他人のカネで改造ブルの代車を手配させる丸眼鏡のオッサンに関わるとロクな目に遭わないという実体験が彼を憂鬱にさせていたのだ。


「丸眼鏡のオッサンにロクな奴はいない……」


 総一郎はボソッと呟いた。


「有坂君、何か言ったかね? 私の話をちゃんと聞いてくれぬと困るのだが」


 拉致実行犯の丸眼鏡がじろりと睨む。


「ちゃんと聞いてますよ、少佐殿……それで、今度は私に何をしろと言うのですか? 回りくどい言い方はやめていただけませんか?」


 そう、今回も厄介事を東條は持ち込んできたのである。まるで駆け込み寺扱いだ。


「では、単刀直入に言おう。このままでは関東大震災の被害軽減は出来ない。そこでだ、政府や東京市が動けない……いや、動かない……だな……この状況下では、君に地上げをしてもらって危険地域に火除け地を作ってもらいたいのだ」


「はぁぁぁ?」


 東條の言葉に総一郎は呆れてしまった。


「そんなこと出来るわけがないでしょう……。いや、出来ないことはないでしょうね……カネを積んで買い叩くことくらいは出来ないこともない……。しかし、今頃そんなこと始めても手遅れですよ! 少佐もそんなこと言われなくてもわかるでしょう! あと2週間ですよ、無理に決まってるでしょう?」


「だから、こうして頭を下げに来ておるのだ!」


「いや、少佐、それ、頭を下げる態度じゃないですよ! 何言ってるんですか」


 総一郎は無茶苦茶だと言わんばかりに両手を広げ頭を左右に振った。


 さすがの総一郎もこんな無茶難題を持ち込まれるとは思わなかった。しかも、この時期に……。


「そんなこと頼むなら、ヤクザや任侠にでも頼んでください。彼らの方が私に頼むよりも安請け合いしてくれますよ? 金を積んで頼めばね……」


「そんなこと誉れある帝国軍人が出来るわけがないだろう!」


「そこでキレないでください。そんな無駄な誇りや自尊心があるなら、もっとマシなことに使ってください! 兎に角、私はそんなこと協力出来ません!」


「君以外にこんなこと頼めないだろう! それくらい君もわかっていることだろう?」


 東條も引き下がらない。


「ええ、わかりますよ。ですが、政府や東京市が動かないことの尻拭いを私がすることで誰が得するんですか? 私が大損するだけじゃないですか! 馬鹿言わんでください」


「帝都市民の生命財産よりも自分のカネが大事だと言うのか!」


 さすがに忠臣中の忠臣。陛下の赤子たる臣民を蔑ろにしている様に感じたらしく激怒した。


「例えば、再開発する上で、政府や東京市が出資して、それに民間が出資参加することで、その再開発地区から莫大な収益が望めるという……欧米ではファンドというのですが……それであれば筆頭出資という形で土地の買収をすることも吝かではありませんよ? しかし、少佐の言うことは、ただ、『火除けを作れ、カネは一銭も出さん!』というものではありませんか。そんなもの協力する人間がいるとお思いですか?」


「だが、それとて間に合わぬではないか?」


「そうですね。間に合いません。諦めてください……代わりに私が用意出来るものを火災延焼警戒地区に大量にバラまきます。それで納得してください」


 総一郎は代案を出した。


 東條は一体何を用意するのかと訝しむ。


「幸いに火災延焼警戒地区には堀や運河、河川が縦横に存在しています。つまり、水道を利用しなくても水だけは確保出来るのです。であるならば、火災を食い止める方法を別の手段で講ずれば良いのです……少佐殿、我が屋敷の庭にも置いてありますから実物を御覧に入れましょう」


 そう言うと総一郎は東條に庭へ出ることを促した。


 庭の池近くにそれは置いてあった。


「これは……」


「そうです。消火ポンプです。これを地域に2台程度ずつバラまけば延焼を食い止めることは完全に出来ずとも一定の効果を上げると思います……今出来ることはこれが限界でしょう……そして、これであれば、誰でも使うことが可能です。……人員のやりくりと疲労を考慮に入れなければ……」


 東條は総一郎の考えを理解し納得した。


「わかった……それで手を打とう。それでいくらか被害を減らせるのであれば御の字だろう……」


「では、31日までに出来る限り配備するように手配します」


「出来れば陸軍に……第1師団と近衛師団にもこれを届けて欲しい……災害出動で活用出来るかもしれない……」


「わかりました……手配致しましょう」


 こうして「時間ない、策ない、動かない」の「3ない」運動実施中の関東大震災対策に一つの地味な対応が行われることとなったのである。

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