陸軍省
皇紀2591年 11月20日 帝都東京
列強のブダペスト駐在武官による質問攻めが始まった際、富永恭次少佐は陸軍省、参謀本部、技術本部、そして東條英機少将へどこまでの情報開示を行うべきか伺いを立てていた。
「実際の指揮を執ったのも作戦立案も日本の富永であり、我々はそれに従っただけである。細かいことは彼に聞いてくれ。我が国(軍)としても周辺国の疑念を買いたいわけではないが、日本側が駄目であるというのであればそれは盟友との信義を重んじなければならない……あなた方もそれは理解してくれるだろう?」
同じ様に質問攻めにあっていたハンガリー政府及びハンガリー軍はそう返答したから、富永は返答に窮してしまったのだ。下駄を履かされてしまっては本国へ問い合わせるから数日返事を待って欲しいとと答えるのが精一杯であった。
陸軍省は予算獲得の好機と捉え一定の情報開示することで一種の出来レースである軍拡を意図的に発生させようと企み、参謀本部は敵に手の内を晒すなど言語道断と反発した。
「うちは陸軍省に同調する。列強が列車砲にうつつを抜かしている間に軍制改革を進めて歩兵直協、支援火力の増強に努めるべきだ」
技術本部は兵器廠を抱き込んで自論を展開すると参謀本部は嫌な顔をしながらも彼らの言い分を認める姿勢を見せた。実際に戦場で部隊を運用する側としては火力の増強は必要不可欠であったからだが、それでも情報開示を行うのは慎重であるべきだと姿勢を崩さなかった。
「軍事調査部長として一言申し上げたい……」
東條はここではじめて口を開いた。それまでそれぞれの主張の要旨だけを手帳に書き取り、それぞれの面子が潰れない様な落としどころを探していたのだ。
「陸軍省としては予算獲得の好機であるから列強には派手に散財してもらいたいという考え、これには大いに賛同出来ると考えておりますが……参謀本部はこちらに優位性がある列車砲の運用術を教えたくない……けれど足元を見ると直協支援火力の不足という問題を抱えていることで予算が欲しい……結論は出ておるではありませんかな?」
「どういうことだ? 東條、貴様、いい加減なことを言うのであれば許さんぞ」
参謀本部第一部長荒木貞夫中将の代理として出席している作戦課長小畑敏四郎少将は普段の人懐っこい表情ではなく険しい視線を東條に向ける。
「参謀本部が列車砲の運用に拘らなければ特に問題がないということです。陸軍省は列車砲が欲しいわけではなく予算が欲しい。技本は列車砲という金食い虫よりも直協支援火力である野砲や山砲に力を入れたい。参謀本部も用兵の都合で直協支援火力は充実させたい……」
「だからどうだというのだ?」
「既存の列車砲の価値が下がっても、どのみち我々にはこれ以上の増備など足枷でしかないのですから、イチ抜けしてしまえば良いのです。線路の上でしか運用出来ない列車砲は遅かれ早かれ時代遅れになります。今でこそ陸上戦艦であっても、戦車や航空機でその役割を代替出来るようになれば後生大事に抱えていても使い道はいずれなくなるのですから」
小畑も「俊秀雲の如し」と称された陸士16期の一員……いやその筆頭格だ。
「貴様は戦車や航空機で代替出来ると言うがそれは保証出来るのか? 仮にも陛下から預かる兵権ぞ。確証もないままカネの算段だけであれこれ言っておるわけではないのだな?」
「無論……先年の石原中佐の指揮する所沢教導飛行団による膠州殲滅戦をお忘れでしょうか? あれは野戦で行ったものではあっても、都市へのそれで十分に応用出来るものです。今回富永少佐が行ったように航空機で榴弾を投下し破壊倒壊させ、そこに焼夷弾を降らせれば同じ結果が出来ることは容易に想像出来ると考えます……」
東條の言葉になんら問題点は見られなかったが引っ掛かりがあったことで小畑は反論を試みる。
「東條、貴様の弁は理屈が通っておるが、前提条件が整っておらんではないか……航空機に積める爆弾は所詮は250~500キロ程度だ。列車砲の砲弾は数百キロからトン単位だ。その差は語るまでもない。それでは話にならんではないか」
「それは当然です。今の時点ではそうでしょう。ですが、海軍の話を持ち出して不快に思われることを承知で申しますが、日露戦争の時の主力艦であった三笠はたかだか1万トン、30センチ砲4門……今はどうでしょうか長門は40センチ砲8門です。技術は進歩するのです。航空機も目覚ましい進歩を遂げないはずがない。中島飛行機の中島知久平氏もそれに気付いたからこそ航空機産業に足を踏み入れて提言しているのではありませんか?」
「う……うむ……確かにそうよな。技本は確か試製九二式重爆の資料を持っていたな? 見せよ」
旗色が悪くなった小畑は九二式重爆撃機の資料を寄越せと要求し、それを確認してから口を開いた。
「貴様が言う通り、試製九二式重爆でも爆弾を2トン程度は積めるようだな……ものになるかわからんが……。だが、仮に使えるとしてだが、確かに列車砲の砲弾2発か3発を一度に運べるとしたらその方が効率が良いのは間違いないだろうな……」
東條は頷くと議長的な存在として出席していた陸軍大臣宇垣一成大将に視線を向ける。
「結論は出ましたな……重要な部分を秘匿しつつ列車砲運用を開示し、列強に列車砲開発と生産を強要させる……如何でしょうか大臣……」
「諸君らがそれで納得出来るのであればそれでよかろう。私としても政府に説明が出来んようなことは決裁出来んからな……特に列車砲の増強などと言ったらダルマ総理が文字通り真っ赤なダルマになりかねん」
宇垣の言葉に確かにという言葉とともに笑いが上がった。
「ハンガリーの軍事顧問団には現地で運用した列車砲に関する情報のみ開示するよう伝える様にワシから命じるとしよう」




