米国経済とその周辺
皇紀2591年 7月31日 アメリカ情勢
アメリカ合衆国における経済状態は史実同様に一向に回復する様子を見せなかった。ハーバート・フーヴァー大統領の指導力と経済政策に疑問と反発が日増しに高まっている中でどこ吹く風の好調な業績を産み出している企業がいくつかあった。
才媛アルテミス・フォン・バイエルラインが指揮するアリサカUSAがその最たるものであるが、これらの企業には特徴があった。
1、対日輸出
2、日本への進出・投資
3、満州への進出・投資
4、朝鮮への進出・投資
5、石油関連
6、鉱工業関連
以上の条件を一つでも満たすか複数満たす企業であるということだ。特に満州と朝鮮への投資を行っていた企業はその利益幅が大きく、同時に石油関連・鉱工業関連による投資を行っていた。
具体的に言えば、満州で見つかった遼河油田への投資と採掘・精製機械の輸出に関係する企業の株価は他社が値下がりしていても連日値上がりし安定した投資先として投資家が集中していた。特に採掘機械と精製機械を輸出している企業の業績は右肩下がりのアメリカ経済の中でも群を抜く好調さを示しており、彼らと取引する銀行などもまた対日・石油関連には積極的な融資を逆提案するほどであった。
そしてもう一つは北部朝鮮で採掘が開始され高純度高品質なタングステンが出荷され始めると大日本帝国政府及び朝鮮総督府の投資呼びかけもあり鉱工業関連企業が朝鮮半島への進出と投資を加速し、同様に利益を得ていた。
尤も、いずれも日本側によって列強資本に多くの利益が還元されないように工夫されていたが、そもそもの産出量や操業効率が日本側想定よりもはるかに上回っていたこともあり、制限がある中でも十分な利益を得ることが出来ていたのである。
その最たる理由は朝鮮人の事実上の没落による鉱山労働奴隷化である。正統ロシア帝国は民族純化政策を実施、日本国内に住む亡命ロシア人と沿海州のウクライナ系住民の交換が行われ、彼らが移住先として朝鮮総督府領に入植したことで大日本帝国政府の隔離政策との合わせ技による朝鮮人の下層化が進行、財を失い、また一旗揚げるために北部朝鮮の鉱山に職を求めて集まったのだ。
職にあぶれる彼らを列強資本は三食住居付きで雇用すると鉱山労働者として違法労働すれすれでこき使ったのである。職にありつきたい彼らは多少劣悪な条件でも雇用してくれと殺到し、他人を蹴落としてでも職に就こうとした。
白人経営者からすれば朝鮮半島の事実上の鎖国状態もあり、本国の目が届かず、お題目としては三食住居付きという待遇で厚遇していると言い張ることでタダ同然の労働力によって希少金属であるタングステンを採掘出来て利益が出ないはずがなかった。
なんだかんだでアメリカへの利益還元が少なくなる様にと工夫されている中でも日米双方に誤算が生じたのであった。遼河油田の開発が進み、採掘量が増え、精製される石油が増えてきたことで大量の重油が供給され始めたことで大日本帝国領域全体での重油の価格が一気に下落したのである。
そうなるとそれまで対日石油輸出を行っていたスタンバックなどにとってダメージとなるものであったが、悲しいことに遼河油田は精製してもガソリンなど軽質油を産することが出来ず、逆にガソリン単価が値上がりしたのである。これは日本国内の旺盛な需要にガソリンの供給が追い付かなくなるという経済界の認識が一種の買い占めに走ったからである。
ライジングサン石油、スタンバックはこれを好機と蘭印産ガソリン、カリフォルニア産ガソリンの対日輸出を増やし、高値に転じたガソリンで安値になった重油の代わりに大量に供給を図ったのである。
当然、石油精製プラントを扱う企業も時流を読み、精製プラントの価格を改定し、日満向けのプラントには重油精製に最適化したものを比較的安価でラインナップし、それを輸出する一方でガソリン精製など出来る一般的なそれは高値にした上で輸出をするようにしたのである。
これにはスタンバックなど米国石油企業との事実上の結託による一種の輸出規制でもあった。
だが、日本側からすれば重油しか採れないことがわかっている遼河油田には重油専用のそれで十分であり、それが安価に揃うのであれば何の問題もなかったのだ。今までの価格でより多くの機材が揃うのに異論などなかった。
また、石油企業は自動車産業にも対日輸出に力を入れる様に工作を開始していた。これは自社利益を拡大させるためにはより日本国内の自動車社会化を促すのが手っ取り早いからであった。
高値で売れるガソリンを自動車普及させることで更に売れる様になるなら文字通り左団扇である。放っておいても勝手に売れる様になるのだから願ったりである。
「なんか最近、アメリカ製自動車が増えた様な気がするんだが……気のせいか?」
有坂総一郎が疑問に感じ妻の結奈に尋ねたことがあるが、それは気のせいでも何でもなく、彼らのあずかり知らぬところでアメリカ財界の経済的陰謀が進んでいた証明であった。
「……先日調査部から上がってきた報告書、全く見てなかったのね? フォード・ジャパンのシェアが下がっているわ。別に日本製のトラックのシェアが減ったわけではないから、単純に他社の乗用車が増えたということね」
「都市部の道路整備後回しにしているのにこの調子でアメ車が増えても渋滞や自動車事故が増えることになるな……内務省と話してこないといけないな」
総一郎はこの時点でも暢気にそう思っていたが、結奈は夫のそれに呆れている。
「急に外車が増える方がおかしいと気付かない? まぁ、増えて困ることは道路政策くらいなものだけれど……でも、これは何かおかしいと思うでしょう?」
「考え過ぎじゃないか? 売れるところに売ってるだけ……だと思うがな?」




