三人組
皇紀2591年 5月28日 帝都東京 陸軍省
「有坂よ、欧州情勢はますます混迷の度を増しておるのだが、陸軍はそろそろユーゴに侵攻する予定だ。これ以上の内乱犠牲者を出すことは放置出来ないと声が日増しに高まっておる……我が皇軍はこの非常時に為すべきことを為す千載一遇の機会を目前としているのだ」
陸軍省に呼ばれた有坂総一郎を待っていたのは参謀本部第1部長荒木貞夫中将だった。その横には陸軍省軍事課長永田鉄山大佐、参謀本部作戦課長小畑敏四郎大佐が居た。
――マジかよ……永田鉄山が皇道派と行動を一緒にしているとか有り得ないことが起きているんだが……。バーデン・バーデンの密約を破談させたことがこんな形で陸軍派閥勢力を結合させるとは……。
内心冷や汗を流しながら総一郎はそこに居並ぶ面々を見やる。
――というか、なんで私がここに呼ばれているんだ? 荒木のオッサンはいつだったか以来の付き合いだけれど……永田さんや小畑さんは殆ど面識ないんだが……。
状況が状況なだけに鬼が出るか蛇が出るか、さっぱり見当が付かない総一郎である。
「閣下、ユーゴ侵攻については帝国政府の八紘一宇の国是の下に行われる国際貢献であると伺っておりますし、陸軍さんが出兵に際して御入用であると存じておりますが……此度は一体どのようなことでお呼びになられたのでしょうか? 御国に御奉公することは光栄に存じますが……」
とりあえずは社交辞令を述べて探りを入れることを選ぶ。
「うむ。貴様の御国への奉公はよく承知しておる。そこでだ、貴様には一働きをしてもらいたいのだ。先年から依頼しておる軽量機動砲だが、いくつか量産試作品があるであろう? それを欧州まで運んでもらいたい。無論、技術本部も承知しておる。技本の連中も中欧派遣軍とともに戦場において実戦で評価試験を行うつもりだ」
荒木の言葉で思い出したが軽量機動砲の開発を陸軍省から委託されていたが、陸軍が満足する基準に達しないことで何度も砲架の作り直しを命じられていたのだ。
元になった九〇式野砲は既に採用され、量産が進んでいる。が、元々、機動九〇式野砲を基本に量産性と牽引能力を最適化したものを考えていたが、いざ、納入して評価試験を行うと陸軍側の無茶振りで設計し直しが発生したのだ。
曰く、戦場における迅速な転換が出来る様に改良しろ、曰く、架台が華奢であるもっと太くして強度を担保せよ、曰く、この重量では運搬に不都合であるもっと軽くせよ……。
おかげで、納入は遅れに遅れていたのだ。
「例の機動砲ですが、陸軍さんの無茶振りのおかげで設計が二転三転しておりまして試作砲が大隊単位であるので、確かに送り込めばそれなりに戦力となるでしょうが……架台がバラバラなので、それでも良いのですか?」
「比較評価しておったのを知っていたからな。まぁ、人間欲張りだすと止まらんということだろう。なにせ、貴様と貴様の社員はこちらの要望に全力で応えてくれるからのぅ」
「それで、いつまでも試作状態であるのですがね……こちらとしても、無茶な要求ではなく、現実的なところで落ち着いて欲しいのですが……うちの設計者たちからは、改良ではなく、一から作り直した方がマシだと言われてますがね」
「そういうな、それをやると他のところの面子が立たん。落としどころは用意させる。そのための実戦での評価試験だ……必要十分な性能で使いやすければそれでよい……技本の我儘も少しは収まるであろう」
そう言うと荒木は小畑から参謀本部からの命令書を手渡させる。それから永田から陸軍省からの受領書と命令書が渡される。
形式的には陸軍省、参謀本部両方からのものであるが、明らかに荒木一派による試作兵器の徴発であった。
「砲の性能は陸軍さんが制式採用しているものですが、架台などについては保証外ですのであしからず。車両での運搬に支障はないでしょうが、戦場での砲撃などで耐え切れないなど出てくる可能性があります……」
「あぁ、そこは問題ない。それを知るための評価試験だ。壊す前提で使うから構わない」
総一郎の釘差しに小畑は補足する。最初から使い捨てでいくつもりだから全部寄越せという命令書だったことに気付かされる。
「予備部品も全部持って行く。なに、それぞれ中隊単位での数があるんだ。これだけの独立砲兵を送り込めば不足する支援火力もいくらかは補える。マニュアルと言ったか、貴様のとこの整備書類はわかりやすいからそれも貰っていく……そうだ、技本の連中にも整備書類をわかりやすくして配布するように話を通しておこうか、どうだ永田?」
「……兵にとって大事なのはそれが確実に使えるようになることと簡単に整備出来ることだろう……俺の方から話を持って行く。参謀本部の貴様が言うよりも話を通しやすいだろう」
小畑と永田は勝手なことを言っている。
「それで、皆様方……受領書はいただきましたが……代金を戴いておりませんけれども……陸軍省に請求しても良いのですよね? 納品拒否された分も請求しますよ?」
総一郎が大事なところを言うと坊主頭三人組は揃って素知らぬ顔をしたことをしたのはいつものことであった。




