戦闘巡洋艦
皇紀2591年 4月5日 アメリカ合衆国 ワシントンDC
連邦下院議員であるカール・ヴィンソンが3月に海軍委員会の委員長へ就任したことでアメリカ海軍の建艦計画が一気に進むこととなる。
「今や合衆国海軍は世界でも有数の戦力を有するに至っているが、その実態をよく考えると軍縮条約によって規定された枠内で隻数トン数で優位に至っているということに気付かされる」
彼が委員長就任時の演説でこう述べたのはアメリカ海軍にとって大きな援護射撃となった。
「英独は条約型重巡洋艦ではその性能が中途半端であり満足出来るものではないと気付くや1万5千トン規模の条約破りを造り出した。これらの艦は10インチ砲を搭載し、従来の条約型重巡を一方的に撃破可能な性能を有していることを諸君は良く知っているはずである」
アメリカ海軍から出向いている将官はこれに大いに頷き、ヴィンソンは議場を見渡し言葉を続ける。
「極東にこれら新鋭艦が配備されたことは記憶に新しく、我が合衆国海軍はこれらに対抗出来る艦を未だ有していない……あるのは数だけ多い鈍足な戦艦である。ワイオミング級など今やその価値はゼロと言って良いだろうが、条約では主力戦艦として勘定されている。12インチ砲搭載艦を主力戦艦として保有枠に入れられているのは我が合衆国だけである。そこに条約破り超巡が出揃った……これでは保有する戦艦の存在価値そのものを貶める結果だと言わざるを得ない。まさに第二のドレッドノート・ショックだ」
ウィンストン・チャーチルが口にして豪語した通りの結果が齎されたことに最もダメージを受けたのは結果としてアメリカ海軍であったのはチャーチルにとっては最高の皮肉を込めたジョークだったかもしれない。
対日優勢にこだわったことで主砲口径の統一も出来ず、旧式戦艦すら条約枠内に入れられて実質的に一線級戦艦の隻数制限を受けてしまったこと、ワイオミング級の価値をゼロにする条約破り超巡で対英均衡は完全に崩れたことはチャーチルが意図した以上の効果を発揮していたが、無論、それを座視するほどアメリカもお人よしではない。
「我々は早急に条約枠内限度一杯までの戦力構築を進めるべきなのである。私は海軍委員会委員長に就任を打診された時点で海軍に連絡を取り、現時点で条約破り超巡に相当するプランがあるか、実現出来るかと問うた……その時の海軍の答えはまさに希望に満ちたモノであった……仮称アラスカ級戦闘巡洋艦……この回答を得た私は震えが止まらなかった……」
ヴィンソンは指をパチンと鳴らすと用意させた資料を議場に配布させる。
アラスカ級戦闘巡洋艦
基準排水量:30000トン
全長:247m
全幅:28m
主砲:50口径12インチ 3連装3基
副砲:25口径5インチ 連装6基
機関:GE式ギヤード蒸気タービン
4基4軸推進 15万馬力
速力:34ノット
航続距離:12000海里/15ノット
1番艦アラスカ
2番艦グアム
3番艦ハワイ
4番艦フィリピンズ
5番艦プエルトリコ
6番艦サモア
予定艦名は州名ではなく、準州や海外領土を用いている。そこに巡洋艦よりも強力で戦艦に匹敵するという意志が込められていると議場の議員たちは感じ取った。
「この資料は回収させていただきたい。また、本委員会は今後秘密会とし、一切の情報漏洩を許さない。また、海軍側からこれらを護衛する新型駆逐艦の提案もあったが、それらも含めて予算規模や建艦ペースを今後議題に挙げていきたいと考えているが、海軍側からはアラスカ級について即時認可を戴きたいとのことであり、本委員会で承認し、情報非公開の上で上下院に送付、早急に可決させたいが良いだろうか?」
ヴィンソンは秘密の共有という形で興奮を誘い、異論を出ないように工作することで討議に時間をかけず海軍側の要望の通りに通過させることを願った。
「異議なし!」
議員の殆どが異議を申し出なかった。一部の議員は慎重さを崩さなかったが表立っての異議を唱えず、ヴィンソンの目論見通り海軍委員会はアラスカ級を認可した。




