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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2591年(1931年)

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帝国の舵取り

皇紀2591年(1931年) 3月31日 日本時間夕刻 帝都東京


 スイス・ジュネーヴにおける国際連盟における会議が白熱している頃、日本では夕食時であるが、総理大臣官邸において総理大臣、外務大臣、大蔵大臣、陸軍大臣、海軍大臣が集う五相会議が開催されていた。


「今頃は矢田公使が詭弁に詭弁を重ねてユーゴスラヴィアを悪役に仕立て上げている頃ですかな、外相?」


「そうですな。それと同時にムッソリーニ氏が用意したクロアチア人叛乱指導者も梯子を外されて大慌てであることだろうよ。イタリア大使から非公式の抗議が来るだろうが、まぁ、何か土産を持たせて宥めておくとしよう」


 宇垣一成陸軍大臣が笑いながら森恪外務大臣に話題を振るが森は気の毒なことだと言わんばかりの表情ではあったが同時に口角は緩んでいた。


「しかし、あれだな。有坂君の用意した台本を基に外務官僚がまとめた方針骨子だが……あのようなことを思いつくとは思いもしなかったな……次官の吉田君なんか腹を抱えて笑っていたぞ。モンテネグロの無意味な宣戦布告とその後の外交交渉がなかったことを利用するとは……歴代内閣ですら誰も気にも留めなかった事実を利用して介入の論拠にするとはな」


 森は続けて言う。彼の言い終わると思い出し笑いをするほどであった。


「だが、詭弁であっても確かに有効性はあるだろう。ユーゴスラヴィアにとっては青天の霹靂であろうがな……我が軍がイタリアから国境を突破して突入してもなんら国際世論が口を挟める要素がないのだから名案であったとは思うよ」


 宇垣もまた頷く。


「じゃが、世界はどう見るであろうな? 若槻演説に続き、紀元節における儂の演説……そして今回の総会だ。私心なき国際貢献と見てくれると良いがな……」


 高橋是清総理大臣は森や宇垣ほどの楽観はしていなかった。財政の専門家でもある彼にとって欧州介入というそれは好景気と経済規模拡大によって歳入が増えている現状でも支えきれないのではないのかと内心心配をしている。そして、満州事変による事実上の満州併合という結果が悪意にとられないかと考えていた。


「確かに盛んに黄禍論を唱える欧米の新聞が存在しているのは間違いありませんな。ですが、総理、満州と違って、欧州……特に中欧は帝国と直接利害があるわけではありません。それに共犯であるイタリアにこそ厳しい視線が向けられるでしょう。例えば、ムッソリーニ氏のローマ帝国の再興という論理はアドリア海の内海化を狙っていると受け止められているのですから、領土的野心を疑われるのはイタリアとなりましょう」


 大角岑生海軍大臣は高橋の懸念に応える。


 転生者である彼にとっては同じ転生者である有坂総一郎の仕掛けた罠を内心では面白いと感じつつ傍観し、この企みには一切の肯定も否定もしていないのである。海軍の伝統である政治への不介入を宣言し総理一任とばかりに無関係でいた。


「そうは言うが大角海相、本格的に介入となれば海軍には地中海へ出向いていただかなくてはならない……」


「必要ですかな? 本職は欧州介入となれば陸軍の仕事だと思いますが……無論、増援を送るのであれば護衛の艦艇を差し向けることは致しますが……イタリア海軍に委託なさればよいのではないですかな?」


 大角は高橋の海軍の協力を求める声にあっさりとした反応しかしなかった。


「蔵相はどうかね?」


「左様ですな……陸軍の派兵程度は満州への派兵を取りやめればいくらか余裕があるのでやりくりできるでしょうが……海軍までは流石に……大蔵省としては海軍の派遣はやめていただきたいというのが本音ですかな」


 濱口雄幸大蔵大臣は折角好調な財政バランスを崩したくないという考えだった。そこには列強の建艦競争が再始動していることに対する海軍側からの建艦予算の要求を考えていたからだった。


 濱口は海軍艦政本部に英独の新鋭艦の建艦予算がどれくらいであるかを計算させ、それを大蔵省側の試算と合わせて海軍省が要求するであろう予算のいくつかの可能性を算出していた。無論、それらは中断している戦艦建造と別枠で要求されると考え、八八艦隊を基本に今後10年間での予算枠を見積もっていたが、とてもではないが艦隊派遣などという余計な真似をして欲しくはないと考えていた。


「海軍としてはこれから金剛代艦、伊勢代艦の建造もせねばならないのですから、大蔵省に迷惑をかけられないとも考えております……濱口蔵相にはその時には絶大なる支援をお願いしたい」


 大角はそう言うと後はだんまりであった。


「陸軍としては欧州の兵器や技術を導入するという意図もあり、出兵には前向きであり、内地師団の3単位編制によって捻出した連隊で新師団を編制している。その新師団と独立連隊を欧州へ派兵することで中欧派遣軍を現有4個旅団から3個師団ないし5個師団相当の戦力に増強するつもりであるが……」


「宇垣さん、そんな話聞いておらんぞ! 欧州への派遣する戦力は1個師団程度と聞いていたが、大幅な増強ではないか!」


 濱口は宇垣の言葉に驚き焦った。宇垣の言葉が実現した場合、本格介入でユーゴスラヴィアを全土占領することすら可能な戦力だったからである。そして、その戦力抽出によって空白が生まれる日本本土には新編成の連隊や師団がその倍も生まれることになる。


「斥候の情報では極東赤軍に増強の兆しが見えているという……当然のことではないか?」


 宇垣は自らの職務にひたすら忠実であった。


「陸相、それはいくらなんでも無茶だ……二正面作戦を本気でやるつもりはないのだぞ」


 高橋も引き留めるが、動き出した歯車を止めることは誰にも出来ない。宇垣の突然の増強計画の暴露に慌てふためく高橋、濱口を眺めつつ大角はニヤリと笑みを浮かべる。


――陸軍と連携してそろそろ軍拡にシフトするべき頃合いだな……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 欧州派兵は井の蛙にならない為には必要な措置だと思う。ドゥーチェはあれでなかなかの策士だから、それを間近で見るのは見聞を広めるにも最適。
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