会議は舞い踊る
皇紀2591年 3月31日 スイス ジュネーヴ
「我が大日本帝国はモンテネグロの後継国家であるユーゴスラヴィアを敵性国家として扱うことも出来る。なぜなら、モンテネグロによる宣戦布告を有効と看做すのであれば、日露戦争の継続と考え戦争状態であると判断出来るからである。我が帝国はモンテネグロとの間に休戦や停戦をした事実は存在しない。まして、降伏を受け入れた事実もない」
在スイス公使矢田七太郎は再びユーゴスラヴィアとの戦争状態継続の可能性を再度示唆する。
「そして、我が帝国の国是は八紘一宇……世界が一家族の如く睦み合うことである。故に、同じ家族でありながら憎しみ殺し合うユーゴスラヴィアの現状を見過ごすことは出来ない。我が帝国の古き憲法である十七条憲法には勧善懲悪、古之良典とある。悪をこらしめて善をすすめるのは、古くからのよいしきたりである……という意味だ。古人は我が帝国の為すべきことを示している……即ち、人類悪と言えるであろうユーゴスラヴィアに懲罰を与えること、それこそ我が帝国に与えられた天命であると確信する」
矢田は続けてきっぱりとユーゴスラヴィアを断じた。最早、言い掛かりでしかないが、理念を訴える国際会議の場では詭弁こそその場を制する最大の武器である。
史実において、超大国にして世界の警察官を標榜したアメリカ合衆国、日の沈むことのない帝国と豪語した大英帝国もまた、自国の利益や都合を押し付ける際には詭弁と言える理由をでっち上げて武力を行使した。阿片戦争然り、湾岸戦争然り、テロとの戦い然りである。当然、アメリカ独立戦争、ナポレオン戦争、ウィーン体制、普仏戦争ですらそうである。
戦争を仕掛ける理由などなんだって良いのだ。尤もらしく正当性があるように言った者に軍配が上がるのである。
「詭弁だ!」
反発の声が上がる。
連盟諸国のどこもそれを肯定するが口には出さない。大人は自分の不利益になることは言わない。特に列強は詭弁こそ自国利益の追及の手段であることを理解しているだけに異を唱えることはしない。
「何が詭弁であるか! ユーゴスラヴィア国内で行われていること、これはセルビア人であろうがクロアチア人であろうが、やっていることは明らかな罪悪である。その罪を処断することに非を唱える国家は他にあると言うのか! 連盟諸国の何れに我が帝国の論理に非を唱えることが出来ようか?」
矢田は詭弁に詭弁を重ねる。ここでの彼の役割はユーゴスラヴィアという国家、もしくはクロアチア人の叛乱勢力に一切の統治能力を否定することである。故に一歩も引くつもりはなかった。
詭弁であるが言っていることは正論である。正論であり、理想論である。そしてそれを希求するのが国際連盟と言う組織の存在意義であり、それを否定しては国際連盟の存在を否定することにもなるのだ。よって、表立っての批判をする国家はない。
「日本も朝鮮人を迫害しているではないか!」
チェコスロヴァキア代表は苦し紛れに斬り込む。ユーゴスラヴィアを積極的に支援する気はないが、ユーゴスラヴィアを潰されたら次の標的が自分であるとよく理解しているからの反発であった。
「我が帝国は朝鮮人を迫害などしていない。朝鮮総督府は毎年巨額のインフラ整備を行っておる。また、欧米資本の投資によって目覚ましい発展を遂げているではないか。我が帝国は弾圧を加えたことはあっても迫害はしていない」
「弾圧したことは認めるのだな? では、朝鮮人民に犠牲者が出ているではないか、ユーゴスラヴィアを非難する資格などない!」
「愚かな……民族浄化を企てておるユーゴスラヴィアと同様に扱うなど笑止。貴国こそ、ゲルマン系住民への迫害を堂々と行っているではないか。ズデーテンラントにおけるドイツ系住民の悲惨な実態を知らぬとは言わせぬ! どうかね、ドイツ代表、オーストリア代表……貴国などは同じドイツ系住民……特にオーストリアは旧帝国の国民である。この状況について何かあるかね?」
矢田はチェコスロヴァキアへボディーブローを決める。史実でもズデーテンラントのドイツ系住民への迫害は第二次大戦の火種の一つであっただけにじわじわと効いてくる一撃であった。
「我がドイツはズデーテンラントの現状に強烈な不満を抱いている。隣人である同胞が耐えがたい苦痛の日々を忍んでいる事実には深い憂慮を表明するものである……また、シュレジエン旧領土や西プロイセンにおける旧帝国国民の現状についても同様であると声明する」
「日伊両国の王党派への支援には深い憂慮を表明するが、ズデーテンラント、シュレジエンについてはドイツと同様であり、軍事力による恫喝を継続するチェコスロヴァキアの存在はまさにゲルマン民族にとっての共通の敵と言える状態だと申し上げたい」
独墺両国もチェコスロヴァキアへの不快感を表明するとポーランド代表は苦々しい表情を浮かべた。チェコスロヴァキア代表が要らぬことを言ったことで自国に火の粉が降りかかりそうだと感じたからである。
「我が国からも良いだろうか……」
ハンガリー代表が挙手をし発言を求める。ハンガリーもまた干渉や領土割譲などで痛手を被っていた側である。
「我が国は欧州大戦後のどさくさでルーマニアに国土の3割に相当する領土を奪われた。またスロヴァキア地域においても同胞が分断されている。オーストリアやドイツの現状は他人ごとではない。我が国は大日本帝国の姿勢を評価し協力を申し出たい」
ハンガリー側の明確な対日支持はユーゴスラヴィア代表を震え上がらせることとなった。アドリア海方面から日伊両国、内陸部からハンガリーと挟み撃ちになることが明確になったからだ。
「こ……このようなこと認めぬ」
ユーゴスラヴィア代表は震えながら声を絞り出す。だが、チェコスロヴァキアやルーマニアでさえもそれには同情のしぐさを見せなかった。次の標的が明らかである以上、見捨てて自国利益を確保した方が良いと判断したからである。
「我が大日本帝国はユーゴスラヴィアに武力侵攻することを厭わぬが、平和進駐出来るならばそれが望ましいと考えている。それには連盟諸国による平和維持軍が適当であると考えている。セルビア・クロアチア双方にとって中立である存在が監視を行うべきと考えているが……如何?」
矢田の提案は連盟諸国に驚きを齎した。




