蠢動<2>
皇紀2583年8月10日 北樺太
真崎甚三郎少将率いる第1旅団は北樺太オハに上陸、サガレン州派遣軍の駐屯地へ進駐し、ハバロフスク攻略作戦の発動を待っていた。
サガレン州派遣軍には第7師団から第13旅団が派遣されていたが、第7師団のウラジオストク進駐に伴い、第2師団が増強派遣され1個旅団体制から1個師団体制となり、工兵部隊によるオハ油田採掘が進められていたのであった。
そして……。
「井上閣下、ハバロフスク攻略作戦援護のため、第3旅団もしくは第4旅団を是非、我が第1旅団と同行させ尼港を攻略していただきたい」
真崎は派遣軍司令官井上一次中将に掛け合っていた。
真崎は麾下の第1旅団だけでは後方が危ういと考え、前線部隊ではないがまとまった兵力のあるサガレン州派遣軍から兵力を抽出しようと画策していたのである。
既に7月中には第一段階作戦であるダリネレチェンスクの攻略は完了し、復旧したシベリア鉄道によって渡河上陸作戦用の機走漁船改造の舟艇が続々と運び込まれていた。
「貴様の言わんとすることはわかるが……参謀本部からその様なことは一言も聞いておらぬ。命令のない作戦参加など出来ようはずがないであろう」
井上は冷静に返答をした。
井上にとってもサガレン州派遣軍にとっても、重要なことはハバロフスク攻略作戦ではなく、北樺太の保障占領と継続的な統治、オハ油田の権益確保である。そこに厄介事を持ち込んできた真崎に彼はあまり良い印象を抱いてはいなかった。
「参謀次長武藤閣下からの密命がここに……」
「なに?」
井上は参謀次長の密命と聞いて眉をひそめた。
「詳しくはこれに書かれておりますが、掻い摘んで申し上げますと武藤閣下は、北樺太の恒久的確保を目指すためには対岸の尼港、そしてハバロフスクの陥落が必須であり、例の尼港事件の恥を雪ぐ好機であると申しておりました」
「……確かに、我が派遣軍の大義は尼港事件のそれであるが……」
井上は派遣軍進駐の大義を持ち出されると弱かった。
「ここで、サガレン州派遣軍と我が第1旅団が協同しハバロフスクに籠る敵の側面を突くことが出来れば……」
「沿海州と北樺太の確保は確実となる……か……」
「左様です」
真崎はニヤリと笑みを浮かべた。
「真崎、これは武藤次長の密命、参謀本部が認めた正規の作戦であるのだな?」
「無論であります」
「わかった……兵を貸そう……必ず成果を上げるのだぞ」
「閣下の御厚意感謝致します」
真崎は井上に深々と頭を下げ司令官室を辞した後、自室に戻った。
自室に戻った真崎は煙草に火をつけ一服し不意に笑い始めた。
「ふっ……そんな命令出ておるわけがないだろう……軍人たるもの機を見るに敏ではなくてはな……はははは」




