思わぬ損害
皇紀2591年 3月13日 ソ連 イルクーツク
「敵を倍する40機の航空戦力を投入して得た戦果は15機撃墜だと? 戦場での戦果誤認という可能性を考えれば3分の1程度と考えるのが常識であるから実数は5機程度だろう……そして、こちらは36機の喪失……」
赤軍将軍ゲオルギー・ジューコフはイルクーツクの司令部に届いた報告書を見て青ざめた。帳尻合わせのための出撃であり、敵に倍する航空機を投入したにもかかわらず全滅と言う結果がそこにはあった。
「同志ジューコフ……この結果はモスクワが失望するものであると思いますが、如何お考えですかな?」
お目付け役の政治将校は意地悪そうな笑みを浮かべつつジューコフに回答を求める。彼にとってジューコフが作戦成功しようが失敗しようが構わない。作戦が成功すればそれをモスクワに報告するだけ、失敗してもモスクワに報告するだけだ。
尤も、失敗した場合の裁量は比較的大きい。彼の判断で処理することも可能であり、また見逃すことも可能である。見逃して便宜を要求し、利益を得ることさえある。
「無論、このままでは終わらせはしない」
「では、何か策がおありで?」
「すまないが、同志には視察に向かってもらいたい。どうやら私には前線での問題が見えていないようだ……だが、ここを離れるわけにはいかんのだ……」
「左様ですな、同志がここを離れると途端に指示が行き渡らなくなるようですからな……先日も党の意向に反する輩が出ておりましたから、同志の御懸念はよくわかります」
「同志が話が分かる人間でよかったよ……これで私は正確な情勢分析が出来ることだろう……」
政治将校もまたジューコフなしで極東赤軍の統率とバイカル=アムール鉄道など軍事行政が上手く回らないことを認識していた。
40機出撃して20機程度の敵機に全滅させられるなど現場指揮官の無能怠惰が原因であることは明白だと公平に考えている部分もあり、彼の中ではジューコフへの処分を留保するつもりで最初からいた。
「私がここに戻るまでにモスクワが納得する言い訳を考えておくことですな……私にとっても貴方は悪くない指揮官であると思いたい……この程度のことで処理されても困りますからな」
「そうか、では、お互いのためにも出来るだけ正しい情報を持ち帰って欲しい……前線の報告は水増しが多いと計算し直してもこのザマだ……恐らく上がっていない報告がいくつもあることだろう……」
「そうでしょうな……では、私はこれから数日視察に出向きますゆえ、くれぐれもモスクワの動きには注意なさることです」
「そうしよう」
政治将校は慇懃に一礼してジューコフの執務室を出ていった。彼の出ていった扉をジューコフは暫く見つめていたが、自身の為すべきことに取り掛かるために彼に続いて作戦室へと向かった。




