改造ブル
皇紀2583年7月8日 千葉県 津田沼
有坂総一郎はこの日、千葉県津田沼に駐屯する鉄道第2連隊へ出向いていた。陸軍技術本部の原乙未生中尉からの呼び出しによるものだ。
3月にブルドーザーの開発依頼を東條英機少佐が原に依頼したものの試作品が出来たらしい。
「やあ、有坂君。態々すまないね。電話で伝えた通り、軍用で使う分には満足出来るものが出来上がったのでね見てもらいたいと思って来てもらった」
ニコニコ顔の丸眼鏡という人懐っこそうな顔の原はそう言った。
この日の原はいつも以上にニコニコ顔をしていて非常に機嫌が良いようだった。
「思ったよりも早かったですね……もっと掛かると思っていましたが」
「あぁ、苦労したのは油圧シリンダーあたりだったからね。それ以外は現物ありあわせで造ったんだよ」
「はぁ、そうですか……」
「さぁ、こっちへ来てくれ……向こうに待機させている」
原に先導され鉄道連隊の敷地内にある演習場へと向かった。
習志野原は鉄道連隊の演習地として、日々、鉄道連隊がその技術を磨いているだけあって活気があった。丁度、昼休みだったらしく、鉄道工兵たちがそこかしこで寛ぎ弁当を食べている。
「有坂君、着いたよ。あれを見てくれ」
原が指さした方角を見ると例のブツがそこには居た。居たのだ。だが……。
「原さん、あれ、ペンキで文句が書かれていますよ……なにしたんですか」
「いや、現物ありあわせと言っただろう?適当なものが国内にはないから……騎兵学校から徴発してきたんだよ……そしたら連中頭のてっぺんからキィーキィー言ってな……まぁ、それで……」
「……強奪したんですね……」
「違うよ。徴発したんだよ。正式な命令書も作ったから私は悪くない」
そこにあったブツは一言で言えば酷かった。
何が酷いか?
まず、他人(騎兵学校)から分捕ってきたものって辺りが酷い。
次にルノーFTそのまんまというのが酷い。
その上、騎兵学校の怒りの仕打ちで落書き(抗議)だらけというのが酷い。
そして、砲塔を撤去したところに仮組した操作指示台が酷い。
「これは……酷い」
あまりの惨状に口から出た言葉はそれだった。
「そう言うなよ。現物ありあわせで作ったんだから仕方ない……」
「ルノーFTに排土板付けたらって話がありましたが、まさかそのままやるとか思いませんでしたよ……ええ……」
「だから、軍用だって言ったろ?」
「そうですね、これを民間用で売ったら無駄が多すぎますよ……」
総一郎の言葉に原は幾分機嫌を損ねた様だが、そこはそれとして話を続けた。
「まぁ、それは量産型として作るときに改めればよいさ……だが、コイツの性能は折り紙付きだ。心配には及ばん」
「はぁ、そうであって欲しいものですね……」
「信じていないな……まぁ、直に興奮するさ……おい、始めろ!」
原の掛け声で待機していた戦車兵がルノーFT改造のブルドーザーを始動させた。
さすがに種車をいじっていたわけではないのでそこは普通に動く様だ。
「よーし、では、手筈通りにあの土塊を削れ! それからあらかじめ掘った穴を……」
原の指示は続く。
改造ブルはエンジン音をがなり立て、土塊に突進していく。
排土板が土塊に突き刺さるとさらにエンジン音が響き渡り……排土板は土塊を推し始めた。
「ほぅ……」
「性能は折り紙付きだと言っただろ?」
原は得意満面のドヤ顔になって言った。
「確かに、思っていたよりもいい感じですね……」
話しているうちに改造ブルは土塊を穴に落とし埋め立てていった。あっという間に埋め立てるとともに排土板を使って整地も終わらせた。
「中尉、全て予定通りです!」
戦車兵が改造ブルの操作指示台から報告する。
「よーし、次はあの仮設塹壕を埋め戻せ! 待機している他のブルも一緒にだ!」
「待機している……他のブル?」
原の指示した内容に疑問を思った総一郎だった。
「あぁ、油圧ピストンの試作で最適なものを探すのに一番簡単で時間がかからない方法を取ったんだよ……あれを見たまえ」
「なっ……」
わらわらと湧いて出てくる改造ブル数台に総一郎は絶句した。
「まさか、他のルノーFTも分捕ってきて改造したんですか?」
「あぁ、徴発令状には何台と書かなかったからな。ある分だけ徴発した……」
「そりゃあ、騎兵学校から抗議が来るのは当然ですよ……どうするんですか、これ……」
「……そこはだな、とある企業が献納するからそれまでは我慢しろと説得した……」
「それって……」
「あぁ、君のことだ……後は頼んだぞ!」
この日一番のにこにこ顔でロクでもないことをこのオッサンはほざきやがったのであった。




