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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2591年(1931年)

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1931年時点での大日本帝国<1>

皇紀2591年(1931年) 1月1日 世界情勢


 30年は一触即発の危機が支那大陸周辺において散見されたが、各国の自重と当事者たちの都合により何とか比較的平穏な状態で年を越すことが出来た。


 だが、その裏で各国ともに次なる戦の準備を進めていた。この世界にはパリ不戦条約……俗にいうケロッグ・ブリアン協定は存在しない。尤も、史実においてこの不戦条約が機能したかと言えば答えは否であるが……。


 建前の上での戦争の違法化は明言されていないため、自国利益を追求するため、もしくは侵略による弱肉強食をも否定していない。


 この事実は有坂総一郎に誘導された形での張作霖爆殺、それに伴う満州制圧という満州事変を国際社会が否認することが出来ないという形で大日本帝国に大きく利することになった。満州占領による満州・支那分離の既成事実化は大英帝国を介する形で列強に利益供与することで国際社会のお墨付きを得ることが出来たが、これは大日本帝国による満州領有を事実上認めさせたことになり、正式な領土化が出来ずとも勢力圏下に収めたことになるのであった。


 これと沿海州周辺を治める正統ロシア帝国の存在によって大日本帝国による日本海の聖域化を達することが出来たが、これは後に大きく影響を及ぼすことになる。極東における不凍港であるウラジオストク、ナホトカをソヴィエト連邦が喪失したことはアメリカ合衆国からの物資輸送に大きく制限を掛けることとなるからである。


 また、日本海の聖域化による制海権の完全確保はそのまま宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡の封鎖を可能とし、戦時下において海域封鎖による潜水艦の侵入を防ぐことが可能になったことで、安全航海が可能となり、鉄道輸送と船舶輸送が一体化することで大陸からの資源輸送が恒常的に可能となったのである。


 これらによるメリットは戦時下において大いに寄与するが、今はこの程度にとどめておきたい。


 北樺太のオハ油田……改名され北斗油田は採掘規模を日々増強し、年間50万トン規模の産油が可能となり、40年頃には年産150万トンを見込んでいる。事業主体は国策会社である北樺太石油(26年設立)と鉱区全体の操業権を有する有坂商事(28年設立、それまでは有坂重工業)であり、優先売却先は出光商会と鈴木商店(と傘下の旭石油)であった。


 新北斗(旧称オハ)の沖合にシーバースを設置し、夏季はここから積出を行っているが、冬季は南樺太の大泊にパイプラインで運びここから積み出す形を取っている。また、樺太庁の主都である豊原に石油化学工場と製油所を誘致することで本土の工業地帯とは別の拠点として機能するように有坂コンツェルン主導の産業政策が実施されていた。樺太による事業もあり、財界では有坂コンツェルンを樺太財閥と呼称することも散見されるが、本業はあくまで帝都周辺である。


 樺太における産業奨励と移住促進が有坂コンツェルンを中心に進められている中で、同様に帝国政府主体で北海道における産業振興と特定産業の移転が進められていた。


 三菱、三井が採掘権を有する美唄炭鉱を中心に露天掘りによる大規模採掘が開始され、大量の土木機械がこの地に出現していた。そのため、操業規模の拡大によって不足するブルドーザーや油圧ショベルを製造するためにこれらの工場もまた札幌近郊や室蘭本線・夕張線の分岐駅である追分駅近くに設立されている。


 陸軍技術本部による戦車を改造しての第一世代から発展した実用的なブルドーザーを小松製作所が開発し、用地取得が容易な追分に進出、ここに企業城下町を展開したのである。北海道、樺太向けはここ追分工場から出荷することになり、本拠小松工場は本州、九州、四国向け、一部大陸向けに出荷するという形となったが、押し寄せた土建機械化の波は小松製作所を一大企業へと押し上げたのである。


 また、三菱重工業は札幌近郊の桑園へ油圧ショベルの専用製造ラインを設置することとし、併せて三菱地所が主事業体として開業間近の鉄道省札沼南線沿線の宅地造成を進めていた。これによる札幌都市圏の開発推進は北海道庁の政策とも合致したことから助成金や補助金が注ぎ込まれ東北からの移住者が流れ込むこととなったのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 昭和16年の石油消費量305万1500t(参照元:米国爆撃調査団石油報告A)の半分をオハ油田で賄えるようになるのは大きいですね。 ...もちろん単純比較は出来ませんが。…
[気になる点] 北海道の炭鉱業はなぁ…過去に帝大エリートがこぞって入社したけどその後の衰退で彼らと炭鉱業に関わる人々の末路と現代の衰退した街並みを知っているとなんとも言えない気分に。
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