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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2590年(1930年)

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忘年会

皇紀2590年(1930年) 12月29日 帝都東京


 東條英機少将と有坂総一郎は歳の瀬も迫ったこの日、神楽坂の料亭で忘年会をしていた。他に参加者はお馴染みの平賀譲造船中将と新顔である川南工業の川南豊作がいる。


 仕事納めの後ということもあり東條と平賀が揃ったのは19時を回った頃合いだった。川南は年末の挨拶に帝都の取引先に顔を出すついでに新橋にある有坂コンツェルンの本社に訪れていたこともあり、総一郎が誘った際に二つ返事で応諾し新橋から神楽坂まで会長専用車(シボレー1929)で同行したのである。


 「この度お仲間の末席に加えていただいた川南と申します、以後良しなに……いや、東條”総理”とは前世でも御国への御奉仕という意味で一緒に仕事をさせていただきましたな」


 川南は遅れて到着した東條と平賀に挨拶すると東條はその挨拶に驚く。聞いてはいたが、自分たち以外の転生者に出会ったということはやはり驚きを感じずにはいられないからだ。


「戦時標準船ではあなたの御奉公なしには成り立たなかった……それについては感謝申し上げたい」


 東條はそう言うと頭を下げるが川南も流石にこれには驚いた。


「総理、御顔をお上げください……その様に頭を下げられては……」


「そうか、私が頭を下げるだけで事がすんなりいくならばいくらでも頭を下げよう。なに、一度死んでおるのだ。こうしてここにいるということは、前世、陛下に託された帝国の命運を再度預けられたと思い御奉公するだけなのだからな……」


 東條の言葉は川南にも響く。形は違えども帝国の命運のために奉仕したことは変わらない。帝国と命運を共にした宰相、時代が流れ国の在り方が変わることに抵抗しようとして失敗した実業家……それぞれ見ていたモノは同じだったはずである。


「総理がその様に仰るのであれば、私も今一度、御国に御奉仕致しましょう。なに、戦標船でしたら私どもにお任せください。前世とは違い、我々は知識と経験があるのですからな。戦標船は最初から貨物船なら2A型や3A型、タンカーなら3TL型相当でより高速な20ノット前後の船を建造出来ますぞ……無論、ブロック工法での建造ですから工期は圧縮出来、いざ戦時には大量に供給出来るようになっておりますからな!」


 川南は太鼓判を押すように自身が受け持つべきモノを明確に答えた。


「川南君、君のところの船は技術力が不足していて粗製濫造であったとそこの有坂君から聞いておる。ちなみに有坂君は我々の曽孫世代だという。君と君の会社の末路も知っている」


「左様でございますな……ですが、そこはご心配為されますな……海軍省から軍縮の煽りで退官した技官を引き取っておりましてな、未熟であった部分に関しては補強を進めておるのです。それに、前世に比べて10年も早く取り掛かっておるのですから、前世の様な不良品を御国に納めたりしませんぞ」


 相変わらず自信満々の彼に流石の造船の権威である平賀も怯む。一体何がそこまで自信を抱かせるのか、平賀には疑問であった。だが、川南の協力は間違いなく帝国の興廃に直結するだけに否定の言葉を繰り返すのも躊躇われた。


「造船の神様にこう申し上げるのは些か失礼かもしれませんが……中将が藤本大佐と和解されて、電気溶接の技術導入と改良、普及に取り組んでくださっているのが功を奏しているのです。これが、前世の様に電気溶接を否定されるような状態であった場合、また結果は変わったかもしれませんな」


「川南君のところが前世よりも帝国に寄与するということはよくわかった。以後は中将と協力して上手くやって欲しい。私は陸軍であるから造船については門外漢であるが、陸軍も船舶輸送の重要性と運用については一家言ある。故に今後、口を出させていただくことになるだろう。無論、私の名を出してくれれば陸軍については便宜を図るようにしよう」


「総理のそのお言葉がありましたら百人力というもの。いずれ、陸軍は神州丸を建造されることでしょう。あれは素晴らしいものです。あれが仮に十数隻あれば迅速な敵地上陸が可能になりますでしょう……陸軍さんはそういう素晴らしい兵器を産み出す知恵をお持ちなのですから、海軍さんも見習っていただきたいものですな」


 川南の言葉に平賀は反応を示す。


「それはどういう意味だね?」


「海軍も前世では一等二等輸送艦を建造しておりましたが、如何せん登場時期は19年……まとまった数を揃えること敵わず、何の役にも立たず、戦後に捕鯨船に転用されたというではありませんか……海軍さんにはもう少し艦隊決戦以外の大事な役割を意識していただかねば……」


「……その様なこと……わかっておる。そこの総理経験者と未来人に耳がタコになるほど聞かされておるわ……」


 川南の言葉は平賀の心を抉っていた……いや、本来は前世海軍軍人全員の自尊心を抉るものだと言っても良いだろう。


「いや、川南君の言う通りだ。私が南方物資内地還送にどれだけ腐心していたのか……全く……海軍も海軍だが、参謀本部の馬鹿どもも……」


 東條はそう言うとブツブツと呟き始めた。彼にとっても海上物流というのはトラウマなのだ。


 ガダルカナル島への物資輸送のために南方輸送用の船腹を転用することを参謀本部から要望され、政府として東條はこれを拒否し、それに逆上した参謀本部作戦部長田中新一中将は陸軍省軍務局長佐藤賢了少将と乱闘を起こしたのである。


 さらに翌日直談判のために総理官邸に出向いた田中はその場で東條を相手に「馬鹿野郎」と面罵した東條総理面罵事件が起きているだけに全体が見えていない人間はどこにでも居て、それらが足を引っ張るという事実が彼を悩ましているのである。


「閣下、心中お察し致します」


 まったく彼ら転生者に心休まる年末年始はないのである。何かやれば前世のトラウマが付きまとう……彼らが立ち向かう相手は自分自身でもあるのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 藤本氏と和解したことによって溶接技術が向上し効果が表れてきたこと。 [一言] 東條氏と川南氏が平賀氏に海軍の海上護衛軽視に対する不満を漏らすのは理解できる。でもあくまで平賀譲という人間は海…
[一言] 本来ならば海軍はすべからく海上護衛に専心すべきだけど、帝国海軍の現状を考えると海上護衛総隊のような別組織の方がいいのかもしれないな。 どれだけ商船を作っても護衛がザルだと史実の二の舞だしなぁ…
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