真相に気付いた才媛
皇紀2590年 12月15日 アメリカ合衆国 ニューヨーク
フォード・モータースの軍用トライモーター増産のニュースは全米を駆け抜けた。それは良い意味でも悪い意味でも。
良い意味ではフォード・モータースの株価が一時的に跳ね上がり、それに釣られ重工業、製鉄、鉄鋼など軍需関連企業が軒並み上昇傾向に転じたのである。これに伴ってフォード関連企業の受注増に対応するかのようにデトロイトやシカゴなどを中心に雇用が少しではあるが増えたのだ。
同時にヘンリー・フォードという人物に対する非難と毀損が集中したのである。
欧州大戦時、彼はPeace Shipを中立国に運行させ周旋活動を行っていた。彼の行動は理想主義的であったが、戦争反対の立場を取る彼にすれば当然の行動だった。欧州大戦にアメリカが参戦すると軍需生産に協力することになったが彼の姿勢はブレなかった。
しかし、今回の行動は彼の姿勢がブレたものに世間からは見えたのである。
新たな戦乱の火種、それがくすぶっている時期に爆撃機の増産とそれを展開させるという彼の言動に失望と怒りが集中したのである。確かに彼の爆撃機展開論はアメリカの現状には最も適した提案だったが、それは世界恐慌に喘ぐアメリカ経済から一人だけ抜け出そうとしている様にも見えたのである。
「フォード氏も思い切ったことをしたわね。しかし、これでデトロイト経済は少しは改善傾向になるのは間違いない……平和主義者が斧を振り上げるのは滑稽な姿だけれど、経営者としては当然の判断ね」
アリサカUSAのオフィスで各種報告、新聞報道、独自調査の統計を見比べる才媛はそう呟くとコーヒーを一口飲み次の資料に目を通す。
――海軍、重巡洋艦の建造計画を完全白紙に……ポートランド級代艦は建造続行、以後の艦は流動的に……。一部では前弩級戦艦並みの主砲を持つ排水量2万トン前後の艦艇建造を主張する声も上がっている。
数ケ月前に議論が繰り返され、一旦結論の先送りが決まったばかりの新型重巡建造計画はドイツ東洋艦隊の出現によってその正体が暴かれたことで再び議論が沸騰し始めていたのだ。
「流石に2万トンは行き過ぎよね……英超巡ですら1万5千トン、独襲撃艦も1万7千トン……軍縮条約っていったい何だったのかしらね? これではミニ戦艦の建艦競争そのものじゃない」
才媛……アルテミス・フォン・バイエルライン……は呆れた表情で呟く。
彼女の感じたソレは間違いなく当たっていた。だが、各国とも一度始まった建艦競争をやめる意思はない。その証明に大英帝国は旧式駆逐艦の置き換えと大型化を検討しているとの情報も彼女の耳には入っていた。
「合衆国もまた大英帝国と大日本帝国と競合する以上、今後は順次建艦計画が膨れ上がっていくことになるでしょうけれど……軍需主導の景気回復って政界も財界もまた戦争をする気なのかしら……誰も得をしないのに……」
当事者……フーヴァー政権は戦争をするつもりもなければそこまでの軍拡をする気もない。が、当事者のあずかり知らぬところで引き金は切られていることも多々ある。そして、今回もそれだ。
ニューヨーク州知事、フランクリン・デラノ・ルーズベルトは盛んに支那権益に関して発言をしている。彼の言動には危険なものがあるが聴衆は何故か彼に取り込まれていることがあり、彼の主張をそのまま主張する団体や勢力、そして企業まで現れている。
実際、アメリカ財界には支那利権について特別な感情と権益を持つ者がそれなりに居る。真っ当な貿易をして財を成したものも居れば、不当な利益を享受しそれを当然の権利だと考えるものも居る。ルーズベルトはどちらかと言えば後者に当てはまる。
彼の母方デラノ家は支那において阿片取引や人身売買で富を築いていた。また、その過程で紅幇と呼ばれる秘密結社と手を結び深い関係になっていたのだ。そこから生まれる富は大きなものであり、デラノ家を躍進させることとなり、史実ではルーズベルトが大統領になった後もデラノ家を始めとするチャイナロビーは大きく影響力を発揮した。
「チャイナロビーの動きとルーズベルトのそれは同調しているだけに安易に賛意を示すのは良いことではないのけれど……世間はチャイナに夢を見過ぎているわ……ラストフロンティアという幻想が……」
彼女の危惧する通り、この時期、チャイナロビーは活発に動き、支那介入論を後押しする議会工作や世論工作を行っている。その資金源もまた浙江財閥から提供されていて、その原資は阿片密売による利益であることは明白であった。
「チャイナは列強を追い出したい、合衆国もまた列強を追い出して門戸開放と資本主義のお題目で利権を独り占めしたい……そのためには大英帝国と大日本帝国が邪魔になる……本当に都合が良い程に対立構図と利権構造が被るわね。笑えてくるわ」
そこにあるのは価値観、文化、歴史の対立だった。
立憲君主国であり帝国主義を邁進し、世界最古にして継続した国体を維持する国家と君主制国家として最も権威ある国家である大日本帝国と大英帝国は親和性が高い。だが、対する支那とアメリカはどうか?
古い価値観、権威、歴史を打破し、挑戦する側という共通したものが支那とアメリカにはある。そして、貪欲であるアメリカにとって懐の深い支那はまさにパラダイスだとも言えた。
両者は対立するべく対立する運命にあったのかもしれない。
「欧州大戦はバルカン半島が火種になったけれど、今度の戦争はチャイナが火種になるのかしら……その場合……最後に利益を得るのは……スターリンじゃないかしら……糸を引いているのはスターリン? それじゃあ、我が合衆国もスターリンに踊らされていることになるじゃない!」
彼女はこの茶番の真相に行きついた。そして、氷の大地に巣食う大魔王が舌を舐めずりをしている光景が目に浮かんだ。
「誰か!」
彼女の呼び声で秘書が執務室へ入ってくる。
「ミス・アルテミス? 如何なさいました?」
「難しいお願いをするのだけれど、アメリカ共産党の党員とそのシンパ、それらと接触している国務省、財務省の官僚、政治家を洗い出して頂戴……慎重にね」
秘書は少し驚いた表情をしたが、お辞儀をすると執務室を退出していった。




