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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2590年(1930年)

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ツケを払うとき

皇紀2590年(1930年) 7月20日 帝都東京 市ヶ谷有坂邸


 前世の知識は既に効力を失いつつある。


 転生者という存在にとっては前世の知識は最大の武器である。だが、それが有効性を失いつつあるという問題は彼らにとっても最大の脅威であると言える。後出しじゃんけんで勝ちを拾ってきたにも関わらず、これから先は自力で相手の手の内を読み勝負しないといけないのだから。


 いや、本来、全ての人間がフラットな勝負条件である中で卑怯な禁じ手を使ってきたのだから、条件が対等になっただけである。しかし、そもそも、大日本帝国にはその対等な条件は一方的に不利な条件であることを考えれば頭を抱えるべき事態でもある。


 尤も、前世チートを無効化する原因はその尽くが有坂総一郎の”理想の政治”によって引き起こされていると言って良い。


 総一郎は大日本帝国の八紘一宇の精神そのものを否定していなかった。だが、八紘一宇というスローガンや大日本帝国という国家の実態がそもそも分不相応であり、実力の伴わないものだと考えていた。


 ゆえに国力の増強という名目で規格統一、工作機械の量産、産業の機械化、列島改造論、弾丸列車計画と官民を指導し、強引に進めていた。だが、それだけではなく、大日本帝国という国家の在り方そのものにもメスを入れたのである。その最たるものが外地統治方針である。


 元々、大日本帝国には列強が言うところの植民地というものは存在していなかった。これがそもそもの誤りなのである。外地という領土を持つが、それは新しく獲得した領土という意味合いでしかなく、内地と同じように発展させようと統治していた。


 そのため、史実において東北地方など内地の地方が困窮している中、外地である朝鮮総督府領や台湾総督府領の主要都市は帝都東京や大阪、名古屋などの主要都市に匹敵する発展を遂げていた。それだけの投資を行い、国富を注ぎ込んでいたのだ。


 実際、京城駅や釜山駅などは東京駅にも匹敵する大規模で帝国の顔であると言わんばかりの美しい駅舎を持つ。また、京城や台北には帝国大学が設置されている。この時点で内地の地方の方が圧倒的に扱いが悪いと言えるだろう。


 だが、それで投資した分に見合う収益が帝国にもたらされていればそれでもよかったが、朝鮮総督府は統治35年間一度も黒字になることなく、大赤字であり、その上、統治権と領有権を喪失したことで投資した財産全てが失われている。全く持って目も当てられない状態である。


 しかし、台湾総督府は朝鮮総督府と異なり、統治開始から暫くして黒字経営に切り替わったのだ。砂糖や米の生産増大による恩恵によって収支は一定して黒字であり帝国にとって有望な存在であった。だが、戦後の喪失によってこれらも財産もまた失われてしまった。


 この経験から総一郎は朝鮮総督府領における投資は無駄であると判断、現状の水準を維持させつつ、大英帝国のインド方式による統治システムへ移行させ、隔離と分断、外資導入による身銭を切らずに発展させる方向へシフトしたのだ。


 その政策に従い、内地から朝鮮人を朝鮮へ強制移住させ、現住朝鮮人と移住朝鮮人を対立させる構図を作り、統治の不満を朝鮮人同士に向けさせることにしたのだ。その後、ロシア系やウクライナ系の移住者を最上位の日本人の次ぐ地位に置き、朝鮮人を中層以下に置くという支配体制を確立したのだ。


 この統治方針は検証されつくした最適解であるがゆえ、スタートしてからすぐに成果を出したのだ。没落した朝鮮人を北部の鉱山へベルトコンベヤー式に送り込むことで実質的な鉱山奴隷化にすることで安価な労働力として鉱山における採掘の経営効率を引き上げたのである。


 無論、そこには罠が仕掛けられていて外資経営の鉱山を最低賃金にさせ、彼らに利益が出る様に仕向けつつ、日系企業には若干上乗せした賃金形態を法的に施行させたことで良心的経営と錯覚させることで日系企業の鉱山労働者になると貧困から解放される(衣食住が保証される)とプロパガンダを浸透させることが出来たのである。


 尤も、実態に気付いた朝鮮人労働者が脱走や国境越えを企むことがそれなりに発生したが、凍る豆満江を越える時点で断念するか凍死するか国境警備隊によって射殺されるかの運命が待っていた。運が良いものは豆満江を越え、満州や正統ロシアに逃げ込んだが、そこで待っていたのは賃金をピンハネされる違法雇用状態だった。その多くが中層朝鮮人の商人や工場経営者によるものだというのだから二重三重に仕掛けられた罠であると言えよう。


 これらの統治方針の実態に気付いた内地の文化人や政治家たちは反発し、従来通り帝国の一部として取り扱うべきと主張したが、帝国議会における総一郎の演説でその尽くは沈黙したのだった。


「我が帝国政府と朝鮮総督府は併合から今に至るまで赤字経営を行ってきた。我が帝国に何ら利益を産み出さず、飼い犬が如く餌を与えられるのを当然とするような存在など害悪でしかない。飼い犬でも門前に繋げば防犯に役立つであろうが、朝鮮半島はそれにすら値しないのが実情である……それとも、議員、あなたは内地の帝国臣民でありながら、発展から取り残されている困窮にあえぐ東北や他の地方の民を差し置いて、植民地人如きを優先しろというのか?」


 この演説に良心的な部分で顔をしかめるものもいたが、朝鮮統治が赤字で内地の地方の発展が後回しになっている実態を考え反発が出来なかった。また、翌日の朝刊でこの演説が掲載されると地方から賛同の主張が多く寄せられ、各県知事もまた同様に朝鮮半島よりも自県の発展こそ優先すべきと大音声を上げたのである。


 これら世論を味方につけたことで帝国議会もまた世論を敵に出来ず朝鮮統治方針が既定路線となったのである。


 そして逆に台湾総督府領へは黒字確定していることもあり、投資を増やすという方針が確定され、台湾南部への大規模治水事業やダム建設が推進されている。また、教育の充実も図られ、台湾総督府の住民の識字率は劇的に向上していたのだ。


 これには台湾総督府が労働人口の識字率向上を政策としたことで就労済みの成人にも教育機会を与え企業もまた補助金を得るというメリットもあったことで積極的に関与したからでもあった。公共事業の需要が増えることで経済の活発化も促され台湾の急成長にもつながっていたのである。


 このような”理想の政治”が大日本帝国と関係国、地域に多大な影響を与えないはずがない。だが、効果的な政策であったがゆえに総一郎も東條英機もまたそこから引き起こされる波紋に目を向けなかったのだ。


 同様に欧州において歴史の転換点となるナチ党への資金援助、ウィンストン・チャーチルとの会合などいくつもの波紋を残してきた総一郎がツケを支払わされる時が来たともいえるだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶり感想を書きます。 遂に後知恵で好き勝手やってきたことに対してのツケを払う時がきたか。結構お高いのだろうな~。有坂一派はどれだけ痛い目に遭うのだろうか?気になるぜぇ(ゲス)。 後知恵の…
[一言] ある、アクション漫画の二次創作で、原作通りに進めることにこだわる転生オリ主に対し、原作キャラの賢者が「とっくに話は変化してる、敵ボスの性格を知ってるだけで十分」と諭す話があります。 時代の…
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