陰謀渦巻く京都行き急行列車
皇紀2590年 7月13日 山陽本線急行列車
新たなる転生者、川南豊作との邂逅はまさに偶然の一言だった。
川南に捕まった有坂総一郎は彼が関西方面への出張の途中だというので下関を9時ちょうどに発車する京都行きの急行列車に乗車することにした。
無論、彼との会話は秘匿性が重要であることから一等客車の区分室を手配しての乗車である。
東條-有坂枢軸に対立する形で政界に影響力を行使していた川南であったが、鳩山一郎、犬養毅、幣原喜重郎の不見識と暴走に愛想を尽かした彼が手を引いたことで東條-有坂枢軸の政界への影響力が増したのだ。
流石に不穏な動きを見せ、史実にない動きが目立つ政府与党立憲大政会とその裏に追暗躍する総一郎であっても、史実よりも早く統帥権干犯問題を出したり、支那動乱において世迷言でしかない協調外交を主張する野党勢力のそれに早々に手を引いた川南は本業の缶詰工場から造船業に転身、史実よりも早く香焼島に大規模造船所を建設したのであった。
「我が帝国に必要なのは船舶であり、シーレーンの確保が何よりも重要。満州で油田が見つかろうが、結局は船舶輸送で本土に持ち帰らねば使えない。まして、対米英戦をやるならタンカーの数が必要だ。であれば、前世に私がやったように戦標船の増産は必須。だが、前世通りでは遅すぎる」
川南は政界から手を引いた後に造船業に集中し、缶詰工場に関しては分社化し部下に指揮を任せた。そこから川南の進撃は始まったと言っても良い。
時代は軍縮。海軍艦艇は軒並み建造中止に追いやられている。そうなると国内造船業は不況の波に飲み込まれるが、本拠の九州各地の中小造船所を直接間接問わず手中に収めた。
まず彼が行ったのは建造技術と建造能力の平準化だった。
吸収した各造船所の技師たちを本社に集め、本社直属とし、香焼島に造船研究施設を設置、そこで彼らの持つ知識と技術を平準化し、開発能力と欠如している能力の獲得に力を注いだのだった。これによる効果は大きく、傘下造船所の製造能力の向上につながるだけでなく、規格化によって製造費の低減にもつながった。機関の規格化、量産化によって建造費用が低下したことで更新時期が来ていた内航船企業や漁業関係者の発注が舞い込んできたのだ。
これによって川南工業は足元を固めていき、財務基盤の安定化と造船技術の足場固めを進めていたのであった。
「それで、有坂さん、コンテナ船はいつやるんだい? 鉄道省でコンテナを扱っているのにコンテナ船の話は何時まで経っても聞かないのは何故かね?」
川南は総一郎が敢えて後回しにしていた案件であるコンテナ船にメスを入れてきた。
「川南さん、コンテナ船のことは誰かに話しましたか?」
総一郎は声を潜めて尋ねた。川南もその様子に察したらしく以後コンテナ船という単語は出さなかった。
「いや、誰にも話していないが……必要だろう?」
「ええ、必要です。効率的な海運を考えると絶対に不可欠です。ですが、これは諸刃の剣です。列強が……特に米帝……いえ、合衆国がその有用性に気付いた場合、全米にその施設を造り上げます。それで景気回復するなら良いですが、その奔流する物量がより効率的に我が帝国に向かって押し寄せたらどうですか?」
「なるほど。有用であるがゆえに戦線にも影響を与えると……」
「そうです。ただのコンテナ船なら港湾施設の整備が条件ですのでまだマシですが……RO-RO船や強襲揚陸艦が合衆国にその存在を気付かれると非常に危険です。なので、敢えて開発をしていないという状態です」
史実において強襲揚陸艦という概念を最初に具体化したのは大日本帝国陸軍だった。神州丸という陸軍特殊船がその先駆けであり、その後、摩耶山丸やあきつ丸として発展する。船内にウェルドックを備え、舟艇を短時間に発進させることが出来るそれは開戦初頭の南方における快進撃に大きく寄与した。
また、RO-RO船は旅客収容機能を省いたカーフェリーであり、前身として鉄道貨車航送用汽船があるが、これを車両航送用にしたものだ。その特徴はランプウェイを使って直接船倉に輸送車両を運び込めることであり、占領直後であっても埠頭設備さえ整っていれば迅速に車両を展開出来るのだ。
つまり、輸送車両の代わりに装甲車両を搭載してしまえばデリックを使って積み下ろしをしないといけないという手間を省けるのだ。港湾さえ押さえてしまえば堂々と入港接舷して上陸敢行出来るのだ。
「だが、RO-RO船は青函連絡船と構造は基本一緒だろう?」
「とは言えど、敵に教えてやる道理はありません。それに今の我が帝国のインフラではRO-RO船すら過剰設備でしょう……そもそもコンテナトレーラーが動き回れるのは京浜工業地帯と名古屋港くらいなもの……時期尚早なのです」
「だったら、陸軍特殊船としてうちが請け負おう……陸軍向けなら需要が出てくるだろう……なにせ半島と支那は今や爆発寸前の火薬庫だ……1隻献納という形でやってやろうなにサイズは気にしなくてもいいのであれば戦車が数両乗る程度でも構わんだろう。問題は陸軍が有用と感じることだ」
川南はそう言うとニヤッと笑った。
――これはフラグじゃなかろうか……。
総一郎は心中でそう呟いた。




