浦塩派遣軍<2>
皇紀2583年6月4日 ウラジオストク
北一輝による「日本改造法案大綱」が5月に発刊されて以来、着実に陸軍部内にその思想は浸透し、これを利用する者が現れ始めた。
「立花閣下! 今こそ決戦の時、一撃をもってハバロフスクを落とし、イルクーツクへ進軍すべき時です! 何をこまねいておるのですか!」
浦塩派遣軍で行われている軍議において立派な髭を生やした将官が熱弁をふるい、派遣軍司令官立花小一郎大将に攻勢を迫っていた。
何を隠そう、この男こそが史実において皇道派を率いていた荒木貞夫であり、現在は少将にして第8旅団長である。
「荒木よ、言いたいことはわかるが、たかだか4個師団でそこまで進軍出来るわけがなかろう。常識的に考えればわかることではないのか?」
第7師団長内野辰次郎中将は荒木を宥めるが荒木は即座に反発するのであった。
「内野閣下、今は非常時、非常時であるからして、情勢の変化を参謀本部も理解し、必ずや援軍はあるものと考えます……そしてその援軍を得るには進軍し、戦果を得、占領地を広げることこそ肝心、違いますか!」
「そうは言うが、この一年で派遣軍が持ちこたえたのは新型装備と内地から根こそぎ動員した機関銃による持久戦によるものだ。これによって敵に出血を強いたことで敵の戦力が消耗したことで容易にスパッスクダリニーを落とすことが出来たのだ。これから先、ハバロフスクを落とそうと思えばそう簡単にはいかんよ」
「立花閣下の仰る通り。敵とて馬鹿ではない。ハバロフスク前面には縦深陣地が築かれつつあると斥候からの報告があったのを、荒木、貴様は見ておらぬのか?」
「だからこそ、時を逸することなく進軍し、これを落とすべきと申しておるのです、大和魂あらば、これを撃ち破るのは容易なこと!皇国精神の発露こそ、我が帝国陸軍の、皇軍の誉れではありませぬか!」
立花、内野の両名は荒木の精神論に偏った見解での進軍主張に呆れていたが同席している参謀連中のなかにも荒木と同じように精神論を唱えるものが居ることにますます閉口するのであった。
若手参謀連中、それも増援として送られてきた第7師団、第10師団の将校などを煽っていたのはほかならぬ荒木であった。
「荒木よ、そこまで言うなら、貴様の第8旅団に皇国精神の発露を期待して命じてやろう……ハバロフスク前面の敵要塞線を突破し、橋頭堡を築け」
立花の命を聞いた若手将校はわっと沸き、荒木は得意満面の笑みで頷いた。
「閣下、御英断感謝致します。必ずやハバロフスクを落として御覧に入れます。吉報をお待ちください」
そう言うと荒木は若手将校を伴い軍議の席を外した。
それまで黙っていた歴戦の勇士、第8師団長小野寺中将は熱病に魘されている連中の退出を待ってから立花に訊ねた。
「閣下、宜しかったのですか? むざむざやられに行くようなものですぞ……敵とて我らの戦い方を学んでいるはず……特に重要拠点にして沿海州を支配する最期の要地であるハバロフスクを敵が簡単に手放すわけがありません……」
「そんなことはわかっておる……旅順や青島と同じで準備をしてからでないと痛い目に遭うことくらいはここにおる者は皆理解しておるであろう……あの荒木一派以外はな……」
「確かに……」
小野寺は第8旅団の将兵が不憫に思えた。
「閣下、そうは言ってもあれらを支援しないことには文字通り無駄死にさせることになります……援護の必要があると小官は具申せざるを得ません」
参謀長の磯村少将は頭を抱えた様子で意見具申した。
「装甲列車は改軌出来ておらぬから使えぬし……」
「自走機関銃と自走歩兵砲を投入しては如何でしょうか? あれならば、敵の目を引き付けることも出来ますし、高速で移動しながら敵を制圧することが可能です……第8旅団の生存率は多少は高まると思いますが……」
「重砲を展開するだけの余裕もないからな……仕方がない……それでいくか……」
荒木の主張した強硬策によってずるずるとシベリア戦線は拡大することになる。確かに、ハバロフスクを落とせば極東共和国は事実上壊滅、沿海州を完全に掌握するのは時間の問題となるが……。
さて、この一戦が吉と出るか凶と出るか……。
自走機関銃
本作オリジナルの架空兵器
三年式機関銃を搭載したガントラック……テクニカル
自走歩兵砲
本作オリジナルの架空兵器
三年式機関銃の代わりに十一年式曲射歩兵砲や十一年式平射歩兵砲、狙撃砲を搭載した陣地制圧用のガントラック




