拗らせた連中という化け物
皇紀2590年 7月11日 門司
出光佐三の支那情勢見聞によって支那大陸の情勢が史実よりも複雑になりつつある状況であることを再認識させられた有坂総一郎だったが、関東軍が深入りしなければ問題なしとこの時点では割り切っていた。
大日本帝国が必要とする資源は満州の確保によって鉄、石炭、石油に関しては十分な量が賄える見通しになった。また、大英帝国との関係が良好なこともあり、マレー方面からの鉄、錫、銅、ゴム、ボーキサイトの確保も進んでいることから当面これらの資源で困ることはないと言っても良かった。
尤もニッケルに関してはカナダから地金を調達しているもので備蓄を進めているが、フランスとの関係も良好であり、ニューカレドニアから買い付けることが出来る内に確保を進めている。蘭印セレベスからの産出があるがオランダとの関係は英仏に比べると微妙であり、非協力的なこともあり英仏に依存している形になっている。
資源問題はニッケルを除いてほぼ問題ない状況であると言って良かった。そのため総一郎は支那情勢が悪化して予測範囲外になったからと言ってそこまで深刻になっていなかった。
だが、長江流域の権益については確実に火種ではあった。
大冶鉄山、安徽省南部の銅山群などは蒋介石の北伐にともない権益としての有効性を失っている。八幡製鉄所などは大冶鉄山からの鉄鉱石調達によって運営されていたこともあって安く調達出来る鉱山権益を失ったことは痛手ではあった。
そのため、長江流域権益の奪還を望む勢力は一定数存在し、北伐によって資産を失った企業や資産家の支持を集めていた。彼らの影響力は大きくはないが、不満分子が別の不満分子と手を組んだ際は馬鹿には出来ないのだ。
「全く困ったもんだ……」
総一郎は唸る。
ソ連赤軍や大陸諸勢力だけを相手にすればよいという単純な構図にならないこと、国内の不満分子が最大の障害として立ちはだかる可能性が急速に拡大しかねないことに気付かされたからだ。
財界にも縄張りが存在しているのだ。
満州は満鉄系、朝鮮は三菱系、台湾は新興財閥系、九州は三井系、本州四国は三井系・住友系、北海道は三菱系、樺太は独立系、内南洋は帝国政府系・三井系がそれぞれ縄張りとしている。
こういった既存の縄張りではなく、新天地を求めるとどうしても支那大陸へと向けられる。市場規模が根本的に違うため、新興企業がいくら進出しても競合せずに商売が出来るからだ。実際、史実において出光商会は満州や上海に進出し、しがらみと縄張りでガチガチの帝国国内市場から新天地において販路拡大を目指した。
そういった新興企業にとって北伐以後に実質的に失効した権益の回復は自社の浮沈に直接影響する問題であった。それだけにこれらの勢力が何かしらの政治的勢力に結びついたときの世論への影響は計り知れないものだったのだ。
「列島改造を進めていなかったら軍部の救国思想を拗らせた連中と結託して中支事変でも起こしていたかもしれないな……幸い東北など地方の発展が軌道に乗って来たこともあって農村の過剰人口も解消されつつあるし……」
改軌論者、満鉄、鉄道省を巻き込んで強引に推し進めた列島改造論、弾丸列車構想によって日本国内では大規模な雇用環境が創出された結果、各地でのインフラ整備に人が足りず、陸軍省は鉄道省に恩を売る形で鉄道連隊まで動員している状態であるが、線形の改良や軌間の拡大による高速化と重量化が可能となったことで地方に大規模な工場が設置されるなどし、余剰人口は急速に吸収されている。
「特定政治思想と利権構造が融合すると化け物が生まれる……なんとかそうならんようにしないとな」




