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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2590年(1930年)

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チキンレース

皇紀2590年(1930年) 6月10日 帝都東京 市ヶ谷


「これは……バタフライ効果ってレベルじゃないな……このままだと早期開戦すらあり得る……いや、そもそも航空主兵論の出てくる幕がなくなる……大和型戦艦が超戦艦ではなく、普通の戦艦になってしまう……」


 有坂総一郎の発した言葉は平賀譲造船少将の造船魂に火を付けた。


 平賀譲という人物は歴史に名を残す偉人(異人)の代表格ともいえる。平賀譲らない、ニクロム線、艦政本部から離れているのに横槍を入れる……そして戦艦大和型の建造……世界史に残る偉業を成し遂げる屋台骨だったともいえるだろう。


 そんな彼に「大和型は普通の戦艦」などと言えばどうなるか、想像に難くないだろう。


「有坂君、それは聞き捨てならんな。大和型は技術的な理由でいくらかの欠陥があったのは承知しておるが、我が人生での最高傑作だと自負しておる。その大和型が普通の戦艦であるなど言って良いことと悪いことがある! 私が死んだ後のことは君や東條君から聞いておるが、あの合衆国でさえ大和型を超える超戦艦を建造することはなかったではないか。あのアイオワ級戦艦ですら、我々の想定した数値の範囲内の戦艦だ。建造されなかったモンタナ級も同様だと言える……であるというのに、大和型が普通だと?」


 ニクロム線たる所以が爆発した瞬間だった。


「大和型は前世においては超戦艦であったのは間違いありません。恐らく、合衆国の新型戦艦相手でも余裕で薙ぎ払ったことでしょう。残念ながらその機会はありませんでしたが。しかし、それは条約によって縛られた条件下を基本として建造された格下の相手だからであって、条件に縛られない状態でダニエルズプランが如く建造された場合、技術的進展も含めて前世のモンタナ級が最低限度の相手となることは必至でしょう……仮に条約で4万トン台の縛りが出来たとしても、アイオワ級程度のそれは覚悟しなければなりません……その時点で現時点での最強水準である長門型では分が悪くなります……つまり、現時点で我らが帝国海軍が必要としている最低条件が大和型という水準になるのです」


「いや、だが、有坂、貴様の言うことはわかるのだが、前世では航空機によって艦隊は圧倒されて尽く沈んだではないか? マリアナの惨敗、レイテのソレ、沖縄での大和特攻……それを知らぬ貴様ではあるまい? それどころか、我々よりも後世に生きていた貴様が色々な研究のそれを知らぬわけではあるまい?」


 東條英機少将の言うことは尤もであった。


 史実において、戦局は大艦巨砲主義から航空主兵主義に切り替わり、アメリカはモンタナ級やアイオワ級2隻の建造をキャンセルしてエセックス級空母やインディペンデンス級軽空母を量産した。その数30隻以上……。


 明らかに時代が変わったことを示している。そして、数百機に及ぶ艦載機によって44年以後は各地で猛烈な航空攻撃を受けるのであった。


「東條さん、よく考えて欲しいのですが、日本の航空主兵思想とアメリカのそれでは明らかに違うのですよ。そして、この世界では恐らく、前世のような形にはならないでしょう……。帝国海軍は放置しておいても大艦巨砲主義に突っ走る。それは間違いないです。実際に大角海軍大臣がその方向性を志向していますし、その証拠に平賀さんに伊勢代艦という前世にはない戦艦の設計を命じています。金剛代艦、つまり巡洋戦艦ではなく、伊勢という純粋な戦艦の代艦を求めることはそれはそのまま大艦巨砲主義を志向し、その行きつくところは大和型戦艦です」


「だが、アレを建造するには三菱長崎と呉、あとは横須賀くらいでは……」


 東條は前世知識から大和型の建造限界を指摘する。


「平賀さん、三菱長崎の船台以外で、呉工廠の造船船渠を含んで同規模の大和型を建造可能な船渠はいくつありますか?」


「呉は造船船渠の他に第四船渠が新設されて、第三船渠が現在拡幅中だ。横須賀は第六船渠を新設中、第五船渠を拡幅中、第四船渠は第五船渠の拡幅が出来次第拡幅する予定だ……これらが完成した時点で6ヶ所だな。それと、佐世保に第七船渠、大神に二つ300m級船渠を造る予定がある。まぁ、全部を建造に使うわけにはいかないが、同時に4隻、最大6隻は建造可能だと思う。あとは民間の船台が長崎三菱が1つ、神戸川崎が1つというところか……戦艦としての天城型や加賀型水準であればさらに増えるな……」


「ということは、前世での基準で言えば進水まで2年半……今の帝国の実力からすれば2年で可能と考えると、2年ごとに同じ船渠で建造が可能……単純計算して1942年(昭和17年)までに最大18隻は竣工可能ということになりそうですね。現実的な数字で12隻……それと5万トン程度の新世代戦艦は別に建造可能であると……」


「まぁ、そうなるな。計算上であるから、実際の建艦計画では多少の前後があるだろうが、少なくとも大和型戦艦の量産は現時点でも可能ではある。無論、大和型よりも軽量な快速戦艦ということであれば尚のことだ。だが、快速戦艦よりも大和型の方が必要性は高いだろうがね」


 東條は平賀と総一郎の海軍機密を交えた会話で想定以上に海軍拡張が可能である実態を知ったが、前世の大和型戦艦建造に伴うカラクリを思い出すと黙ってはいられなかった。


 大和型建造のカラクリは多岐にわたっていた。建造予算の偽装では架空の駆逐艦と潜水艦の建造をでっち上げ本体価格を意図的に引き下げるという帳簿上の工作を行い、また別部署からの費用捻出を行うための帳簿改竄も実施された。また、その性能を偽装するために主砲口径や排水量までも偽装され徹底した偽装工作が行われていたのである。


「待て、海軍は大和型を12隻も建造する気か? アレ1隻で国家予算を4%も使っていたのだぞ?12隻も造れば国家予算の半分も消費することになる! 正気か!」


「東條さん、帝国海軍は八八艦隊で国家破産に突き進んでいたんですから、いつものことです……手遅れですよ。それにそれだけ艦隊を整備しても合衆国と取っ組み合いになれば厳しいと言わざるを得ませんでしょう……」


 総一郎は東條に大日本帝国の現実を突きつける。どうやったって対抗することそのものが間違いだと……。だが、同時に超大国アメリカであっても大艦巨砲主義を貫くことが負担である事実も示す。


「ですが、超大国である合衆国であっても、両洋艦隊整備なんてやれば国家財政が傾きますし、その維持費は膨大になります……ましてそれの整備と維持にはさらに膨大な鋼材が必要になります。その鋼材を生産することも追いつかない水準になるわけですから海軍軍拡というのは列強が参加した一大チキンレースです。誰かがやめたと言わない限り続きますし、我が帝国が真っ先に辞めたら追いつけなくなります……否応なくやらざるを得ないのです……」


「だったら航空戦力で……」


「それやって負けたのが前世の我が帝国です。航空主兵なんて馬鹿げたことを始めれば負けるのはわかりきったことではありませんか、戦艦1隻建造するより航空機1000機生産する方が効率的なんですから、そんなことやればこちらが1000機揃える間に向こうは1万機揃えてきますよ? こちらが1万揃えた頃には10万単位です。それで勝てると思いますか? 総力戦ですよ? 相手が航空主兵になった時点で負け確定ですよ。合衆国にはそのあまりある工業力を大艦巨砲主義で浪費してもらわないといけないのです」


 総一郎の言葉は総理大臣東條英機という前世に直撃していた。


 陸海軍でめいめい勝手に兵器生産を行い、航空機の運用もバラバラで統一した意思のもとに戦争を行っているわけでもなく、主戦場はそれぞれが設定したところで勝手に戦争を行い、その戦力を逐次投入で無為に失っていった。


 航空機に乗せる発動機も陸海軍で縄張り争いを行い、互換性のない発動機をそれぞれが要求したために整備性や量産性は損なわれていた。また、ライセンス料の二重払いという馬鹿げた真似をして、使いこなせないという醜態を晒していた。


 この事実は総理大臣として戦争指導、行政指導を行う立場で苦しんできた最たるものだった。


 しかも、サイパン・グアム陥落によってマリアナからB-29が飛来するようになって数百機単位で空襲を繰り返すそれを知っている身としては言い返すことが出来ない。


 史実44年における航空機の最大月産数は1000機でしかない。これは陸海軍の総数であり、練習機や補用機など戦闘用でない機体も含まれている。まして発動機に至っては機体の生産総数それすら満たせない時が頻発しているのだ。


 まして離陸が出来ても着陸がおぼつかないような新兵を次々と戦場へ送り出すという出鱈目な状態でこの消耗戦を戦ってきたのだから本質的に日本という国家に総力戦、特に消耗戦を強いる航空主兵論は絶対に避けるべきものであったと言わざるを得ないのだ。


 敵が1発殴れば100発殴り返す、これが出来て初めて使える論理が航空主兵なのだ。


「だが、それを含めて貴様は中島飛行機に梃入れをしていたのではないのか、今や中島飛行機は前世以上の効率的な大量生産が出来る施設を各地に造っているではないか?」


「陸軍相手なら良いのですよ。それでもね……陸軍さんなら……。海軍相手ではそれじゃ話にならんのです。だからこそ、大角海軍大臣は前世で航空主兵を唱えた連中を粛清しようとしているんでしょう。その最たる例が山本五十六少将ですよ」


 総一郎は苦虫を嚙み潰したような表情で続けた。


「山本らが陸上基地から発進して敵艦船を攻撃できる”沿岸用攻撃機”を考案したこと……つまり、空中水雷艇とも言うべき陸上攻撃機をでっち上げたことから始まるのですよ……ある意味で言えば、ここが海軍の航空主兵論の選択の誤りだったと言えるでしょう……それと同時に前世日本の技術力の限界だったとも……要するに水雷屋の発想を航空機運用に持ち込んだだけなのですよ」

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― 新着の感想 ―
[一言] もしかして大角海相が目指す世界はあの名作「鋼鉄のレヴァイアサン」みたいな世界なのか?。もしそうだったらとっても漢の浪漫が溢れる世界になりそうです。 ・・・・・・ただし世界各国の財務省や大蔵省…
[良い点] いつも楽しく読ませていただいてます。 先生の発想にいつも驚きを感じています。 今後も健康に留意して、執筆を続けて下さると嬉しく思います。 [気になる点] 無し
[一言] 大角海相は前世で「仮想・太平洋戦記 目標、砲戦距離四万!」を読んだとか。 あの舞台設定の世界に持っていくつもりかな。
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