東條、帝国臣民たるべき心得を語る
皇紀2590年 3月13日 帝都東京
有坂結奈の暴走が明らかになったその瞬間の有坂総一郎はこの世界に70年も早く禁断の扉を開かせてしまった事実に恐怖した。
関東大震災後に急速に広まりつつあったカフェー……化粧、着物が派手な女給が客に体をすり付けて話をするというサービスによってチップを得る一種の風俗営業を行っていたのだ。今は少なくなったが「純喫茶」と銘打つ喫茶店があるが、これは女給の風俗サービスのない純粋な喫茶店であることを意味する用語だったのだ。
そんな時代背景に獣耳メイドなんぞが給仕をするメイド喫茶が営業を始めればどうなるか火を見るより明らかだ。内務省警保局に目を付けられることは必至である。
「内務省警保局は許可をくれたわよ? カフェーみたいなことしないことをあらかじめデモンストレーションしてみせたのだけれど、皆一様に顔を赤らめていらっしゃったわね」
「そりゃそうだ。現代のメイド喫茶のアレを今の時代の人間にやればそうなるさ」
「でも、これで上野とか早稲田あたりに出店すれば荒稼ぎ出来そうよ?」
「いろんなところから苦情が来るからやめてくれ! 初心な学生を相手にそんなことして堕落したらどうする?」
「放っておいてもカフェーで堕落しているんじゃないかしら?」
夫婦揃ってロクでもない会話を続け、東條英機は置き去りにされていた。流石に今まで黙っていた東條も怒りに震えていた。
「貴様ら、そこに直れ! 帝国臣民のなんたるか性根から叩き直してくれる!」
それから小一時間、東條の説教は続く。総一郎は明らかに巻き込まれているだけなのにと不満そうな表情だが東條にはそんなことは関係ない。妻の暴走を止められないのが悪いと言わんばかりに説教は続くのだった。
「さて、それで本題だが……」
「東條さん……客間で宜しいですか? 流石にここで話す話題ではないでしょうから……」
総一郎はやっと解放されたと安堵しつつ場所を移すことを提案する。
「そうだな……あと、結奈君は着替えてきたまえ……その様な恰好では真面目な話などできん」




