帝国海軍の野望
皇紀2590年 3月2日 帝都東京
イタリアから持ち掛けられた取引は霞が関の海軍省に伝わると蜂の巣を突いた様な……いや、バットでぶっ叩いた様な騒ぎとなっていた。
海軍の長老、海軍省、軍令部、連合艦隊、艦政本部と海軍首脳陣が一堂に会し、それだけでなく、艦政本部からは造船技官まで召集が掛かっていた。無論、その中には東條-有坂枢軸に属する鈴木貫太郎、平賀譲なども含まれている。
「伊勢型を譲渡するなど不可能だ! 我が帝国海軍はそうでなくても建艦自粛を行って隠忍自重、艱難辛苦、耐え難きを耐えている! こんなもの駄目だ!」
「いや、伊勢型もその構造上、扶桑型由来の欠陥を抱えている。いっそ手放して新型艦を建造する方が良い! それに彼我戦力差を逆手にとって16インチ砲戦艦を建造するべきだ」
「そんなこと英米が許すわけがない。特に合衆国が何を言うかわかったものではないぞ!」
「いや、そもそも合衆国は16インチ砲戦艦を4隻有している。その時点で戦力不均衡なのだ。それに旧式戦艦の廃艦を実行していないではないか!」
「35000トンで16インチ砲搭載はどうなんだ? 長門よりも有力な戦艦を建造出来るのか?」
「いや、35000トンに同意する必要がどこにある? 4万トンだ!」
「待て待て、35000にしても4万にしても問題はそこじゃない、建造期間と戦力化時期が重要だ!」
「だったら伊勢型の譲渡など不可だ!」
「だから、伊勢型には防御力に不安があると言っているだろう!」
海軍首脳陣の討論という名の自分たちの欲望丸出しの主張合戦はそのまま省内に伝播する。将官連中が自説を述べると参謀連中はそれに反論し、佐官連中は血気盛んに艦隊決戦の浪漫を語る。
「大変だ! 省内で殴り合いの乱闘が起きている!」
会議室に飛び込んできた将校の一言で彼らは一瞬で静かになったが、すぐに騒然となる。
「なんだと!? どういうことだ!」
「艦隊派が条約派の暴言に鉄拳で応酬したのが原因だと……今はそこに戦艦論者と航空論者が参加して収拾がつきません!」
「なんということだ……なんとか抑えこめ! 海軍省を陸軍の憲兵なんぞに踏み込ませるな!」
海軍大臣大角岑生はすぐさま単純明快な指示を出す。
彼の指示は的確だった。下手に細かい指示を出すよりも効果的なものだったのだ。海軍の陸軍への反発は理屈を超えたものである。陸軍に土足で踏み込まれるなどと言う屈辱を甘んじて受け入れる海軍軍人はいない。
派閥や主義主張の壁を越えて彼らはすぐに鎮圧に向かうのだった。
「大臣、大変なことになりましたな?」
「……だが、たまっていた鬱憤を発散させる機会にはなっただろう……流血沙汰だが……これで少しは冷静になって会議が出来るだろう……そう思いたい」
平賀は大角の言葉に頷く。艦隊派と条約派、大艦巨砲主義と航空主兵主義の思想的な対決は今に始まったことではない。
「軍縮条約の成立そのものは目指すべきだが……問題は航空主兵の馬鹿どもだ……連中は事の本質に気付いておらん……戦力の使い方を誤れば手持ちの戦力の価値を失うことがまるで分っておらん」
重鎮である東郷平八郎は大角の隣の席で呟く。
「閣下の仰る通りであります……航空主兵論者の背後で煽っている者たちへは注意するように致します」
「うむ……さて、大角君……扶桑と山城についてだが、アレはどうするつもりかね? 上部構造物は撤去して保管してあるのだろう?」
「現在、浦塩にて改装中であります。年内には艦体の補強改修工事が終了し、同時に進めている被弾危険個所の改修と再配置も終わる予定です。艤装は来年中の完成を目処としております」
「ほぅ? では、扶桑と山城は再来年には戦列復帰が可能なのだな?」
「予定通りであれば……14インチ10門搭載となっておりますが……砲身の内筒そのものを交換することで16インチ砲に短期間での改装が可能であります」
「ふむ……老朽艦といえど我が帝国の国力では使えるものはなんとかやりくりしていかねばな」
「御意」
「では、あとは任せた。イタリアの要望に応えても戦力低下しない目処があるのであれば、あとは全権団がどこまで突っ張れるかだ……」
東郷はそういうと会議室を後にした。敬礼で見送った大角は平賀を呼ぶ。
「例の代艦計画はどうなっている?」
「2つ案を出すことになってしまいましたがね。おかげで艦政本部では議論が絶えませんが」
「平賀案、藤本案……ふむ……どれも悪いものではないな。藤本案は少し技術的冒険と武装過剰なきらいはあるが、まぁ、いくらか削ぎ落せば手堅いな。君の案は逆に手堅過ぎて面白みがないが、逆に冒険がない分は建造する側も用兵側も安心出来るだろうな……それともう一つか……」
大角は簡略化した仕様書を順に目を通して最後の設計案を見て笑い出した。
「平賀、この案は艦政本部では議論されていないだろう? こんな案を出したなど聞いていないからな」
「これはあくまで私案ですよ。ですが、藤本君の協力があって私自身で設計したモノよりも良い出来になったかと……」
大角は平賀と設計案を見比べる。
「この艦はまだ造るには早過ぎるな……今造ると長門型の二の舞になりかねん。だが、本命はコレだな……海軍大臣として命じる。この案をさらに研究し、不沈化をさらに進めよ。あと、この艦の特徴であるバルバスバウ、これは気に入った。鋼材の節約と排水量の節約になるというではないか……これは先行して他の艦に応用すべきだろう。我が帝国は資源が少ない。こういう技術は積極的に取り入れるべきだろう」
「では、建造施設の手配を大臣にはお願い致します……これを造るには事前準備が欠かせませんから」
「わかっている……呉と横須賀と舞鶴と大神に乾ドックを新設するように手配しよう。そうだな……大型タンカー建造とか理由を付けておこう……あとは長崎三菱の船台か……」
「出来れば浦塩とナホトカにも補修用の乾ドックを整備していただけましたら……」
「わかった……手配しよう」
大角の頷きは大きく。確信に満ちたものだった。




