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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2590年(1930年)

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わらしべプロトコル

皇紀2590年(1930年) 3月2日 大英帝国 ロンドン


 若槻、松平両名がイタリア大使館を辞し、日本大使館へ戻るとベニト・ムッソリーニ(ドゥーチェ)の提案は直ちに本国に打電され、軍縮会議の交渉の引き延ばしとイタリア側の要望を引き出すように返信が届く。


 松平恒雄大使は外務省からの返電を受けるとすぐにイタリア大使館へ向かい、彼らの譲歩出来るラインを探りに向かった。


「本国からの返信は好感触でありましたが、まだ本決まりではありませんが、仮に我が帝国海軍が伊勢型戦艦2隻を譲渡した場合、イタリア側は新型戦艦4隻の建造と引き換えにダンテ・アリギエーリの廃艦、10年間の建造中止を約束出来ますかな?」


「左様ですな、コンテ・ディ・カブール級、カイオ・ドゥイリオ級、新型戦艦、伊勢型の合計10隻ですからな……我が国の国力ではこのあたりが限界でしょう。列強相手に交渉するのであれば、新型戦艦の竣工と同時にコンテ・ディ・カブール級を退役させるあたりが譲歩出来る限界でしょう」


 軍縮会議に出向いていているムッソリーニの代わりにこの日は女婿のガレアッツォ・チャーノ外相が応対している。無論、日本側の返答があるだろうとの配慮で居残っていたのだ。


「我が国はドゥーチェによってようやく国家を一つにまとめ上げ、外へ視線を向けることが出来るようになったばかり、欧州大戦での戦勝国などと名乗れてもその実、敗戦国同様の酷さですからな。それゆえに海軍力整備など二の次でしたが、これからは地中海の主として相応しい規模になるでしょう……ですが、それにはフランスの存在が……」


「ノルマンディー級の就役で海軍力のバランスが崩れておりますからな……イタリアの置かれている状況はお察しいたします」


 松平も欧州の軍事バランスの悪さはよく理解していた。それゆえにイタリアが軍拡することによるメリットを理解し、肩入れを狙っていた。


 また、帝都東京の本国政府が欧州介入方針を明確にした今、橋頭堡を確保する必要があった。最有力な候補がイタリアであり、地中海の出口であるスエズとジブラルタルを抑えている大英帝国同様に重要な交渉相手であった。


「左様、それに対抗するには最低でも伊勢型の導入による砲戦力の優勢を得る必要があるのです。14インチ砲12門、欧州の並み居る戦艦よりも優速である伊勢型は魅力的であると考えておるのです」


「ですが、それは帝国海軍にとっても同様です。そこで、仮に譲渡するとして我が帝国の戦艦保有枠、建造枠についてイタリアの援護をお願いしたい……我が帝国はイタリアの16インチ要求に賛成に回る代わりに同様に代艦建造において同様の主張をし、それに同意いただきたい」


 松平は帝国海軍の意向が確定していない段階であるが、交渉を有利に進めたのは外務省の成果だと示すべく裏取引を持ち掛けたのだ。


「それは……我が国にとっては願ったりだが……貴国の要求を米英が認めるとは……今でも大英帝国が35000トン、14インチ10門以下と要求していてアメリカが反発しておるのですぞ? 貴国の言い分はそれを上回っておるではありませんか」


 チャーノは難色を示す。当然のことだ。松平の言い分はまさに卓袱台をひっくり返すようなものだからだ。


「ですが、貴国に伊勢型を譲渡した場合、我が帝国は長門型2隻、金剛型4隻となり、伊勢型2隻を加えた貴国の保有数6隻と同数になります。また、対英米6割がワシントン軍縮条約の基本でしたから、我々が保有可能な戦艦は4隻分の枠があるのです。であれば、戦力均衡の原則から言っても、無理筋とは言えますまい?」


「いや、しかし……」


「それに、ワシントン軍縮会議でアメリカは3隻、ジュネーヴ軍縮会議で1隻……合計4隻の16インチ砲搭載戦艦をアメリカは保有しておりますな? ということは著しくバランスを欠いているということ……これが認められないのであれば我が帝国は自国の国防に自信が持てなくなります……そうなった時、貴国ならどうしますかな?」


「……脱退も検討するでしょうな。政府は国家と国民に責任があるのですからな……」


 松平はチャーノが無理矢理納得した様子を見て頷く。


「お互いに国家と国民に責任を持つ身でありますから、我々が結託するのは何ら不自然なことではありますまい? イタリアはフランスへの対抗戦力が欲しい、我が帝国はアメリカへの対抗戦力が欲しい……大英帝国は増長するアメリカを抑え込みたい……我々三ヶ国が結託し会議をリードした場合望んだ結果を得ることは難しくはないと考えますが如何かな?」


 松平の言葉にチャーノは同意の表情を浮かべる。彼とて義父に結果を示したい部分が内心にはあり、裏取引が成立すれば義父の野望であるローマ帝国の栄光の再現にもつながるだけに魅力的な提案であると思えてはいた。


 ……だが。


「私としては同意しても良いと思うが、ドゥーチェに相談してからとなりますな。また近々こちらからそちらに伺うことになるでしょう……」


 チャーノは態度を保留することにした。ここ数年の日本は勢いがある。だが、その勢いが本物か、目の前の日本の外交官の言葉が本物か判断するには材料が少なかった。いや、材料は揃っていたが、日本人の浮かべる笑みが皆一様に薄っぺらで何を考えているかわからなかった……だからこそ彼は怯えたのだった。

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