ロンドン軍縮会議<1>
皇紀2590年 1月21日 大英帝国 ロンドン
この日、ロンドン軍縮会議が開催された。
史実では大日本帝国、大英帝国、アメリカ合衆国、フランス共和国、イタリア王国の欧州大戦の戦勝国である五大国、かつ五大海軍国により会議がもたれたが、フランスおよびイタリアは潜水艦の保有量制限などに反発し、結局部分的な参加にとどまった。
ワシントン軍縮会議では巡洋艦以下の補助艦艇については排水量は制限があったが、保有数については無制限であったが、ジュネーヴ軍縮会議によって保有枠の設定を行ったことで巡洋艦の建造抑止が図られたのであった。
だが、ワシントン体制で大量建造を行った大英帝国にとって既得権益という意味では有利な部分があったが、無理な設計を行ったことで問題が多い艦が出来上がったことで苦労している面もあった。
しかし、戦艦及び巡洋艦の建造を自主的に制限していた大日本帝国にとっては保有枠に余裕もあることでワシントン条約型巡洋艦ではなく、より制限の緩いジュネーヴ条約型巡洋艦の建造を目一杯可能であった。
アメリカも同様に巡洋艦の枠に余裕があったが16インチ砲搭載戦艦を建造したことで一定数を差し引く形となり日英米の中で保有制限が一番きつい状態となっていた。
日本側建造枠21万トン、アメリカ側建造枠18万トンが未だに残ったままであるが、英国側は既に戦闘巡洋艦と命名されたインコンパラブル級12隻でほぼすべてを使い切っていた。多少のオーバーはあるが、これには既存巡洋艦の適正化改装によって減る排水量を充てることで目を瞑ることとなった。
今回の会議での焦点は旧式化しつつある戦艦の扱いとその代艦についてである。
本来、ジュネーヴ軍縮会議においてアメリカは追加で2隻の戦艦の廃艦を実施しなければならないが、巡洋艦の建造を行っていないことを理由に未だ廃艦を実行していない。
これは関東大震災で前弩級戦艦や巡洋戦艦、装甲巡洋艦の廃艦を遅らせた日本側の不備を理由にアメリカも同様に扱う様にと会議の冒頭で先制攻撃を行ってきたのだ。
このアメリカからの先制攻撃で始まった会議であるが、イタリアが素早く反応を示した。
「アメリカは直ちにジュネーヴ軍縮会議で約した2隻の廃棄を実施すべき。また、同様に英米仏はともに旧式戦艦の廃艦を行うべきであり、ロンドン軍縮会議の軍縮が有名無実化した事実に是正を求めるものである」
もっとも戦艦を保有しておらず、尚且つ旧式化著しいイタリアからの正論を否定することは各国とも出来なかった。出来たとしたら日本側だけだ。
「我が帝国もイタリアの考えに賛同する。我が帝国は扶桑型を廃艦にしたことで現在8隻しか戦艦を保有しておらん。それも金剛型に至っては艦齢20年を超える。いつまで戦力として有力か不安があり、同様に主力艦の旧式化著しく有力艦がないと聞くイタリアの状況には同情する……これでは軍縮会議の本義である戦力均衡を損ねるものだと主張する」
日本側の主張に敏感に反応したのがフランスであった。
フランスは現時点においてイタリアに対して優位に立っているが、旧式化著しいとはいえ有力な戦艦であるクルーベ級の廃艦を持ち出された場合、国内事情で新型戦艦の建造に取り掛かれないフランスの優位性は喪失してしまうからだ。そうでなくても、代艦枠で自由に建造出来るイタリアの建造抑止は不可能である。
仮に受け入れた場合、フランスも代艦建造に踏み切らざるを得ず、ただでも対独牽制のためのマジノ要塞建設に国家予算のかなりの部分を費やしているフランスにとっての財源問題はそのまま国家存続にかかわる大事であった。
「我が大英帝国は旧式戦艦の廃艦に応じる用意はある。日本の金剛型ではないが、我がアイアン・デューク級も艦齢20年に迫り、口径も13.5インチと日英米の戦艦ではもっとも非力であることから退役させ代艦枠を得る方が都合が良い」
フランス側からの反発の声が上がる前に大英帝国が廃艦に前向きな姿勢を見せたことでフランスは口を挟む余地を失った。
イギリスはここで廃艦のみではなく代艦枠に言及したのは無論差し引きゼロを狙うためだ。大恐慌の只中で公共事業こそが最大の景気浮揚策であることはケインズ主義の基本であり、同時にフリーハンドになる部分を担保させるのは外交上の当然の配慮だった。
「どうかね? アメリカも同様に廃艦にすべき旧式艦が多いだろう? フロリダ級、ワイオミング級、ニューヨーク級の6隻を廃艦にしてはどうかね? ジュネーヴ軍縮会議での2隻もこれに含むのであれば実質的に4隻の廃艦となる。我が大英帝国のアイアン・デューク級4隻と差し引きでも同数ではないか?」
続けてイギリスは返す刀でアメリカに同様の廃艦で勢力均衡を要求した。イギリスにとってはこちらが本命だと言える。
イギリスにとっての仮想敵は有力な戦艦を保有しない独仏伊よりも日米であり、特に16インチ砲搭載戦艦は自国の2倍である4隻保有しているアメリカは脅威でしかなかった。
出来るならば英国海軍の戦艦の主砲口径を15インチと16インチに統一し、14インチと16インチで構成されるアメリカ海軍に対抗しようという下心がそこにはあった。そのために13.5インチと比較的非力なアイアン・デューク級を生贄することで優位性を確保しようと狙っていたのだ。




