世界恐慌と無関係の国<2>
皇紀2589年 10月31日 ソビエト連邦 モスクワ
クレムリンの主、星凛……もといヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリンは報告書を見ながら笑っていた。
「資本主義の犬どもが慌てふためいて右往左往しておる様は実に面白い」
「同志スターリン、この機会にアメリカにおける共産主義を広めるための……」
スターリンは側近がそう言い掛けた時に執務机の引き出しからピストルを取り出し、ドアを打ち抜いた。
「おぉ、すまん。銃が暴発した。同志よ、怪我はないか?」
「……大丈夫であります」
「それで、なんだったかな? アメリカがなんだって?」
スターリンは側近にわざとらしく尋ねる。
「……同志スターリン、アメリカでのスパイ活動を強化することで我らに大きな利益があります……かの地で活動するスパイたちにトロツキーの暗殺や監視を命じることを提案致します。また、日欧の圧力をかわすためにもアメリカを我らに近づけるべきかと……」
「ふむ……同志が言うことは尤もだ。わかった。そうしよう」
「ありがたき幸せ」
冷や汗を流しつつも応じる側近にスターリンは声を掛ける。
「あぁ、そうだ。同志、君はどうも疲れているようだ。良い医者を紹介するから一度訪ねることを勧める。私にとっても同志はなくてはならない存在だからな」
「……お気遣いありがとうございます」
この時の彼の表情は凍りきっていた。そして、対照的にスターリンの表情は柔らかい笑みを浮かべたものだった。
側近が退出した後、スターリンはラヴレンチー・パーヴロヴィチ・ベリヤを呼んだ。
「同志、お呼びですか?」
「あぁ、良い医者を紹介して欲しいのだが、頼めるか?」
「同志のお命じとあれば……して……」
「激務で体調を崩した側近が居てな……心配なのでな」
「承知いたしました」
そういうとべリヤはすぐに退出した。
窓べりに歩いて行ったスターリンは曇る窓ガラスを拭き外を見ると呟いた。
「邪魔者はまだまだ多い……消さねばな……」




