ロンドン協定<5>
皇紀2589年 1月12日 大英帝国 ロンドン
日英仏伊の代表は揃ってアメリカの提案に異を唱え、大英帝国案に沿った形での協定案交渉へと会議は進んでいくかに見えた。
だが……。
「待っていただきたい。アメリカを含む各国はこの満州での一件を自国利益追求に利用しようとしている。このような場では我が国の意思を通すことは出来ない」
北京北洋政府側から声が上がる。
無論、この場にいる誰もが当たり前のことに何を言っているのかと思ったが表面上それを出すことはなかった。
「大日本帝国は満州を我が国から分離し、自国のコントロール下に置き、沿海州政府と合わせ自国経済圏の拡大を狙っているのは明らかだ。そして、現に、東満州及び南満州では鉄道輸送拡大による経済成長を促す様な行動をとり、鉱山に重機械を投入していると聞く。それだけでなく、鉱山労働者の確保のために高給での募集を行い、人民そのものを隷属させようとしている……これは明らかな既成事実化と分断政策だ。それだけでなく、朝鮮人と満州人の衝突を意図的に促し、満州人の敵意を朝鮮人に向け日本人と日本国家へ敵意が向かないように巧妙な罠を仕掛けている」
満州における日本の不法行為に欧州勢力が警戒心を抱く様に訴える。
だが、そこに居る相手は中小国の代表団ではなく、世界を支配する側の勢力だ。日本が行っていることを自分たちも平然と行っている相手だ。論理的には悪行だと言えるだろう。だが、それとて、必要な統治行為の一言で済ませるのが帝国主義であり、帝国主義国家だ。
「彼は何を言っておるのかね?」
「我々は朝鮮人がダンピングや市場荒らしを行っているのが原因だと聞いているが? ミスター・マツダイラ、違うかね?」
流石のアメリカ側代表も呆れたように敵である松平恒雄大使に尋ねる。
「大使の仰る通り、朝鮮総督府の領民が身勝手な商売や現地民に迷惑をかけておることから我が帝国政府、朝鮮総督府、現地の関東軍も手を焼いております。目下、徹底して取り締まることで占領地の治安回復に努めておりますよ……全く、要らぬことをしてくれて迷惑しているのですがね」
松平はほとほと困ったと言わんばかりに応じた。
実際、仕向けているのは事実だが、所詮は統治手段の一つであり、そもそも、流民となった朝鮮人が身勝手な真似をしなければ問題ない。それは彼ら自身の問題だ。現地民に溶け込めばそこで一旗揚げれるであろうが、彼ら特有の根拠のない優越思想……儒教思想や虎の威を借る狐的なアレ……によるものを押し通す結果が自滅を促していたのだ。
「そう言えば、セントラルチャイナでも朝鮮人たちの大韓民国臨時政府とかいう組織が阿片の密売などの不法行為を行っていて上海租界などで摘発されることが多いが、全く困ったものですな」
オースティン・チェンバレン外務大臣も上海の実例を挙げることで松平を援護したのである。
大韓民国臨時政府は、1919年に朝鮮で起こった三・一運動後、海外で朝鮮の独立運動を進めていた活動家李承晩・呂運亨・金九らによって、中華民国の上海市で結成された朝鮮人の組織であった。史実第二次世界大戦の終戦後、アメリカや他の連合国諸国は大韓民国臨時政府がポーランド亡命政府のように第二次世界大戦で貢献をしていないこともあり、何かしらの地位を与えることを故意に控えるなど、国際的な承認が得られることはなかった。
亡命政府や臨時政府を掲げる組織であり、大層な肩書がつくが、そもそも活動家の自称でしかなく。李朝王家や朝鮮貴族が祖国奪還を掲げて立ち上げたものではない。むしろ、王侯貴族は大日本帝国政府の庇護の下にあり、韓国(朝鮮)という国家の正統継承権は大日本帝国が有しており、そもそも国家としての正統性がなかった。
そして、その活動実態は御笑い種であるとしか言いようがない。
成立の過程から負け犬でしかない自称活動家の自慰組織だったが、抗日を宣言しつつも大日本帝国及び帝国陸海軍と交戦した記録は一つもなく、活動実態がないこと甚だしいが、彼らも何もしなかったのかと言えばそうではない。
阿片の密売とエロ本の密売、強盗、強姦、略奪という輝かしい成果を有している。そして、さらに家賃滞納、募金横領、売買春……文字通り、犯罪組織でしかない。ヤクザ組織ですらこれと一緒にされたら激怒すること間違いないだろう。
「臨時政府を自称する叛徒ども……いや犯罪者が上海などで迷惑をかけていることにはこの場でお詫び申し上げたい……上海特別陸戦隊、上海憲兵隊などに現地警察組織への協力を一層行う様に本国へ伝達致しましょう」
不逞朝鮮人という存在が北京北洋政府の追及をかわす口実となってしまったことは怪我の功名だと言えるだろう。




