日本全権団
皇紀2588年 12月20日 大英帝国 ロンドン
大英帝国の全権団が引き上げると大日本帝国全権団は皆一様にほっとしたように息を吐く。
「どうも我々にはこの手のポーカーフェイスというのは難しいものですな」
「そうは言いますが、本国に問い合わせるわけにもいきません。こちらの手持ちのチップは油田しかないのですから、このチップでどこまで突っ張れるか、大英帝国が見せ金に乗って来るか、そこですから」
外務省本省は外交公電を頻繁にやり取りしたいと考えていたが、陸軍省から暗号が解読されている可能性が高いと指摘があり、実際に陸軍側の暗号解読チームによって一部が解読された事実によって衝撃を受けたこともあり公電の発信を極力抑える様になった。
同様に本国からの発信も極力抑えられ、今回の交渉も”新大使を増派する”とだけ伝達があっただけで具体的な材料や条件は一切発信されなかったのだ。
「松平さんは暗号解読されていると言うが、我々の暗号の強度は相当に高いものだぞ? そうそう解読されるとは思わない。こちらも手探りで交渉をするのはなかなか難しい。本省に問い合わせをしてみるべきだ」
松井慶四郎大使は松平恒雄新大使に問い合わせするべきと主張したが、松平はそれに応じなかった。
「本国では真空管を使用しない方式の電算機を開発しているという……それを暗号通信機に用いることで強度のはるかに高い暗号を作ることが可能になるそうだ。つまり、それだけ我が国の、我が省の暗号は危険なものだということを意味している」
「では、我々が打電すれば大英帝国はそれを基に交渉に臨むと……」
「そうです。それどころか、この交渉の中身が合衆国の知るところとなった場合、むしろそちらの方が危険でしょう。今、日英関係は非常に良い関係であり、英米関係、日米関係はその代わりに険悪とは言わないまでもぎこちない関係となっているのですから……」
「先の軍縮会議の時の合衆国と大英帝国の帝国への圧力は……」
「想像の通りでしょう。こちらがどこまで身を切れるか予め知っていたからこその足元を見た交渉を仕掛けてきたということでしょう……もっとも、帝国海軍が突如示した内容で米英の目論見が潰れ、より魅力的に思えた海軍案に大英帝国が賛同したことで構図が変わったのでしょう」
「では、海軍が横槍を入れなければ……」
「ええ、軍縮会議は英米の望む形で終わったでしょうな」
松平の実例を挙げた話題によって松井は納得せざるを得なかった。そこにあったのは外務省の暗号は解読され、海軍省の暗号は解読されていないという事実だったからだ。
「であれば、我々がなすことは一つ……」
「大英帝国に掛け金をどこまで吹っ掛けさせるのか……」
「こちらはワンペアでしかないですぞ?」
「なに、ワンペアはワンペアでもエースなのですから分は悪くないでしょう……それにこちらが大英帝国にとって痛いところを突けばツーペアやスリーカードに出来るかもしれませんからな? それが外交交渉というもの……」
松平は勝負師の目をしていたが、松井はその瞳を見て松平が知っていて未だ自分たちに公開していない情報があると確信した。




