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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2582年(1922年)

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東條・有坂会談

皇紀2582年(1922年)9月7日 帝都東京


 東條英機からの面会要請から1週間後、有坂総一郎は神楽坂の料亭を予約しこの日に会合を持つこととなった。


 総一郎はこの時点では東條の史実に反した行動に未だ気付いてはいなかった。が、時折陸軍から入ってくる情報で東條の名声がどうやら史実とは異なっているとは感じていた。


 だが、東條は総一郎、そして有坂重工業の製品がこの時代には存在しないものであると気付いており、自身と同様の転生者であると睨んでいた。


 このようにお互いに気付いている点、気付いていない点とすれ違いが少なからずある両者の会談であった。


 この時、総一郎は東條よりも早く料亭に到着し、座敷にて東條の到着を待っていた。


 約束の時間ぴったりに東條は顔を出したのであるが、彼の姿は陸軍少佐の軍服着用ではなく、着物姿での登場であり総一郎を驚かせたのであった。


「お呼びだてしておきながら後から来てしまいましたな……申し訳ない。陸軍少佐東條英機であります」


 思いの外腰の低い挨拶に再び驚かされた総一郎であったが、すぐに気を取り直した。さっと手を差し出し握手を求め、東條もこれに応じた。


「東條少佐、奥へどうぞお座りください……有坂総一郎と申します……」


「さて、有坂君、此度君を呼び立てた理由だが……」


 東條が用件を述べようとした丁度のその時、女中が酒と料理を運んできた。


 刺身を中心としたものであるが、時機柄秋刀魚を欲した総一郎は焼き秋刀魚を別途注文していたのであった。


「ほぅ、秋刀魚か……これは実に美味そうだ。ふむ……まずは一献」


 注文した総一郎本人よりも東條の方が気を良くしたらしかった。


「ありがとうございます……頂戴いたします」


 東條からの酌を受け総一郎はぐっと飲み干した。キレのあるのど越しの酒だった。


「良い飲みっぷりだ」


 東條はさらに機嫌を良くしたようであった。


 頃合いを見て女中が綺麗どころを用意しようかと尋ねてきた。


「いや、その必要はない。あとは我々だけでやるから構わなくてよい。必要があれば呼びに行く」


 女中は頷き退出した。


 女中が遠ざかり、完全に周囲の音がしなくなってから東條は再び口を開いた。


「さて、今日呼び立てた理由だが……有坂君、君の会社の例に新兵器だが……あれは四式自動小銃と一〇〇式機関短銃ではないのかね? まぁ、些か違う部分もあるのだが、概ね特徴からそうだと感じたが……違うかね?」


 東條は最初から核心を突いて来た。


 総一郎はまさかバレているとは思わなかっただけに内心かなり焦っていた。同時に陸軍側にも転生者が居るとは思ってもいなかったために二重の意味で驚きのあまり声が出なかった。


「ふむ……その様子では図星の様だな……。察しの通り、私は前世の記憶がある……いや、あれを前世というのかはわからんがな。そして、君は少なくとも昭和20年より後の時代を生きていたのではないか?」


「……少佐は……東京裁判の記憶はおありで?」


「無論だ。あの裁判で私は帝国の清算人として絞首台に上ったのだからな……そして、死んだはずであるのに、目が覚めたら去年の10月……ベルリンだよ。驚いたさ」


「なるほど……では、バーデン・バーデンの密約は史実通りですか?」


「なんだ、そんなことも知っておるのか? ふむ……まぁ、良い。決裂したよ。永田の説得に失敗してな……おかげで史実の統制派は霧散したと思っても良いだろう……だが、皇道派は恐らくこの世界でも悪さをするであろうな……」


 バーデン・バーデンの密約が決裂……総一郎はこの瞬間、東條が何を企んだのか理解した。


「では、統帥権問題を……」


「あれで苦しんだのは他でもないこの私だ。あんなものを追い求めた結果が、いざ戦争となりそれを指導する立場になった時に、足を引っ張ることになるなどと思いもしなかった……そして、陰で言われておる東條幕府だ……あれしか打開策はなかった……」


「よくぞ御決意されました……私の知る世界でもアレが国家を亡ぼした要因の一つだと言われておりましたから、それを少佐が封じたという事実は今後大きく影響すると思います……いや、良かった……」


「だが、その代わり、永田は味方ではなくなった……おかげで今の私には後ろ盾がない……そこでだ、有坂君、統制派に代わる派閥構築のために協力してくれまいか?」


 総一郎はこれが本題だったのかと認識した。


 東條は真剣な表情で総一郎の答えを待っていた。


「少佐、協力するのは吝かではありません……私も転生者でありますから、少佐の方針が歴史に学んだ結果だと理解は出来ます……が……現状では何のお手伝いも出来ません……」


「現状では……か?」


「ええ、現状では……少佐の人脈がより広く、太くなれば、徐々にですが協力することは出来ましょう。また、少々の資金援助程度は致しますが……やはり、統制派を率いていた東條閣下ではないということが大きな問題となりましょう……」


「うぅむ……確かに、史実では永田の影響力で動員課長に就任してから後、陸軍中央での出世、永田の死で実質的に統制派の頭目になったからな……」


 東條は史実とは異なり自身の後ろ盾がなく出世について全く予想もつかない状態であることが総一郎の歯切れの悪さに繋がっていると理解した。


「少佐は先日陸大の教官になられたばかりと伺いました……。であれば、陸大の教え子を味方につけられ、また、兵器廠や技本に顔を売るべきであると思います。私の方から口添え致しますから、そちらで力をつけるべきかと……ある程度の人脈に育ったその頃にこのお話を再びしたいと私は考えておりますが……如何でしょうか?」


「そうだな……君の申し出に従おう……だが、代わりに君の会社で新兵器の秘密開発を頼みたい……何れ必要になろう……これは私の派閥形成ではなく、陸軍、いや海軍も含めて戦力化すると大きな力になると思う……」


 東條の申し出に首をかしげる総一郎である。


「一体何を造れと?」


「タ弾だ。あと、電探だな」


「タ弾……というと、ドイツから技術供与で開発された大戦末期の新兵器の一つですか?確か成形炸薬弾の一種ですね……」


「そうだ。それがあれば、非力な帝国の主兵装でも1.5倍程度の威力を持たせることが出来るという……特に対戦車兵器としては有望だろう……」


 タ弾……現代で言うところのHEAT弾の御先祖だが、東條はこれを研究開発しろという……。


「些か時間がかかるとは思いますが……」


「構わん。必要であれば、君の人脈を通して払い下げで四一式山砲を手に入れて研究をすると良いと思うぞ……私の記憶が正しければ、タ弾の特性から四一式山砲は相性が良かったはずだ」


「わかりました……では、準備を進めておきます……」


「もう一点あるのだが……これは純粋に君に利益があることだろう……もちろん、帝国……帝都の民にとってもな……来年の今頃には関東は大地震を経験しているはずだな?」


「関東大震災……」


「そうだ。それの被害軽減のために有坂重工業でなんとか動いてはくれまいか? 私も陸軍で出来る限りは地震災害とその際の出動についての行動計画を用意して、8月頃に防災訓練をするように働きかける……恐らくは焼け石に水であろうがな……」


「では、私が陸軍を動かせる案件であれば……小倉への工廠移転でしょうから、これを急がせましょう……元々、技本とも話は付けてありますから、これは早い段階で進めることが出来ると思います。そうですね……史実通りに関東大震災が起きると仮定すると……でありますが……」


「なんだ?」


「欧米ではサマータイムという制度があるの御存じでしょうか?」


「そう言えばそう言うものがあったな……」


「財界に働きかけて、サマータイムを試験的に導入するという話をしてみたいと思います……。発生時刻である正午前の昼飯時を前倒しさせ火事の発生確率を下げるという方向であれば若干の被害軽減にはなるかと……建造物倒壊という問題はどうにもなりませんが、少なくとも焼け死ぬ人間を減らすことは出来ましょう……」


 東條は目を見開くと同時に大きく頷いた。


「それは良い。是非、それを進めて欲しい。陛下の大事な臣民が一人でも多く助かるのであれば、それに越したことはない!」


 総一郎は東條の興奮の度合いを見て、本当にこの人は陛下の忠臣なのだなと思った。


 その後、二人は史実における問題点の整理とそれに対する対応策を意見しあった。


 東條にとって不本意であったのは統制派という自身の派閥を自身で潰してしまったことであり、その大きな副作用が既にじわじわとであるが彼自身に効き始めているという事だった。


 協力を得やすいと考えていた総一郎の消極的協力という結果につながったことを悔やんだ。


 だが、新兵器の開発の下地をつくれたことは東條にとっても悪い結果ではなかった。


 お互いに合意出来る部分のみ妥結することで今回の会談はおおむね役割を果たした。とは言え、お互いの腹の内をさらけ出したことにより得られたものは大きかった。

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