駐英大使館の強化
皇紀2588年 9月25日 大英帝国 ロンドン
「新大使の赴任が決まりましたのでそのお知らせに参りました」
松井慶四郎男爵はオースティン・チェンバレンと相対していた。
「ほぅ……男爵に何か不手際があったわけでもありますまいに急なことですな」
チェンバレンは駐日大使館からの報告もあり、事前に知っていたが儀礼である以上会わないわけにはいかない。もっとも、先日持ち掛けた秘密協定と関係があるとも気付いていた。
「本国も何か意図があってのことでしょう……それと、本国から併せて大英帝国に依頼があります。我が大使館の移転もしくは増築と別館の新築をお願い致したく……」
「ほぅ、今の大使館では手狭であると? 貴国の大使館は他の国と比べても特別狭いというものではありますまい?」
チェンバレンは松井の依頼に眉を顰める。
「ええ、近々ここロンドンで軍縮会議を行う取り決めでありましたでしょう? そうなりますと、我が全権団を収容する必要が出てきます……それゆえ会議の前に大使館の移転と別館の新築をと……」
「確かにそういうことであれば……わかりました便宜を図りましょう」
「ありがとうございます。本国にも伝え、早速準備を致したく……本日は以上にて失礼を……」
「また離任される前にお出で下さい」
松井は帽子を上げ応えた。
チェンバレンは松井の要望の真意を測りかねた。
――軍縮会議は30年の予定だ。パリ不戦条約も実質的に延期となりいつ開催するか未だ確定していない。何が目的であろうか?
大使館機能の増強は悪いことではない。受け入れ国での在留邦人にとって心強いものになる。また、処理能力が高まることは民間において良い結果となる。
――大使館能力強化と全権団の受け入れのためというのは建前に過ぎん。何が目的だ……。この時期に行うにはあまりにも理由が見当たらない。
チェンバレンは再び日本側の意図不明の動きに悩まされるのであった。




